閉じる ✕
閉じる ✕

学校・教育機関向け WEBマガジン「#Think Trunk」 【特集】不登校35万人の課題に挑む。「チーム学校」×SELで「安心して通える学校」をつくる

2026.01.20
学校運営・総合

12年間連続で増加する不登校。2024年度は、小中学校における不登校児童生徒数が過去最多となる35万3,970人に達しました。国や自治体、学校現場でもさまざまな対策が講じられてきましたが、依然として減少には転じていません。

こうした状況のなか、学びに向かう土台となる非認知能力を育み、学校に心理的安全性を根づかせるアプローチとして注目されているのが、SEL(Social Emotional Learning)です。

今回は、学校に伴走しながらSELの導入・実践を支援している株式会社roku you代表取締役の下向依梨氏に、不登校対策としての可能性と、学校現場での具体的な活用のヒントを伺いました。

目次を表示(編集禁止)

下向依梨氏

株式会社roku you 代表取締役

一般社団法人 日本SEL推進協会 代表理事

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、ペンシルベニア大学教育大学院で発達心理学修士号を取得。帰国後は東京のオルタナティブスクールに勤務。2019年に株式会社roku youを設立。SELを基軸に、全国延べ100校以上の学校改革や総合的な探究の時間に関わる。『21世紀の教育 子どもの社会的能力とEQを伸ばす3つの焦点』(ダニエル・ゴールマン、ピーター・センゲ、井上英之(監修、翻訳))/ダイアモンド社)の解説を担当。著書に『世界標準のSEL教育のすすめ「切りひらく力」を育む親子習慣:学力だけで幸せになれるのか?』(小学館)がある。一児の母。

増加する不登校、学校現場に生じている課題とは?

2024年度の不登校児童生徒数は、小学校では13万7,704人、中学校では21万6,266人。合計35万3,970人となり、前年度から7,488人の増加となりました。(文部科学省「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果概要」より。以下同じ)

これは、小学校では在籍児童全体の3.9%、中学校では6.8%にあたります。中学生では、およそ15人に1人が不登校という状況です。

高校に目を向けると、不登校生徒数は6万7,782人と、前年度より988人減少しました。一方で、高校では長期欠席から中途退学へとつながるケースも少なくありません。実際に、中途退学者数は44,571人(前年度46,238人)で、中途退学率は1.4%となっています。

高校生の不登校理由として最も多いのは、「学校生活に対してやる気が出ない等の相談があった」(26.9%)で、次いで「生活リズムの不調に関する相談があった」(26.2%)、「不安・抑うつの相談があった」(16.0%)が続いています。

「チーム学校」で醸成する心理的安全性

こうした不登校の増加を受け、文部科学省は2023年に「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策COCOLO-PLAN」を策定しました。

このPLANでは、不登校により学びにアクセスできない子どもをゼロにすることを目指し、

  1. 不登校の児童生徒全ての学びの場を確保し、学びたいと思った時に学べる環境を整えること
  2. 心の小さな SOS を見逃さず、「チーム学校」で支援すること
  3. 学校の風土の「見える化」を通して、学校を「みんなが安心して学べる」場所にすること

が掲げられています。

(文部科学省「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策COCOLO-PLAN」より)

不登校の子どもをこれ以上増やさないこと、そして子どもたちが「戻ってきたい」と思える学校をつくること。そのためには、個々の子どもに合わせた心理的安全性を学校全体で確保していくことが欠かせません。ここで重要になるのが、「チーム学校」という視点です。子どもだけでなく、教職員、保護者、地域がつながり合いながら、安心感の醸成に向けて歩んでいく必要があるのです。

その「チーム学校」を支える有効なアプローチの一つが、SELです。

SEL(Social Emotional Learning)とは?

SEL(Social Emotional Learning)は、北米で生まれ、シンガポールで全校導入が進められるなど、世界各国で広がっている教育アプローチです。日本語では「社会性と情動の学び」と訳されます。

SELが育む5つの能力
下向依梨著『世界標準のSEL教育のすすめ 「切りひらく力」を育む親子習慣 学力だけで幸せになれるのか?』(小学館)より

ウェルビーイングな学校づくりを目指し、全国の学校にSELのカリキュラム・プログラム提供と伴走支援を行っている下向氏は、SELについて次のように説明します。

「SELはSocial(社会性)とEmotional(情動)の非認知能力を育む教育アプローチです。Socialは、ソーシャルスキルとも呼ばれ、人と良好な関係を築くための学びです。Emotionalは、自分自身の感情や気持ちに気づき、また他者の置かれている状態を理解し、それに適切に対応する能力です。これらの能力を伸ばすのがSELです」

「SELは、不登校への対応にとどまらず、探究学習や協働的な学び、自由進度学習など、子ども一人ひとりが主体的に学ぶための『土台』を支えるものでもあります。

具体的には、SELは以下の5つの力を統合的に育みます。これらは、子どもたちが自立・自律的に学び、生きていくための能力と言えます」

  • 自己理解力
  • 自己管理力
  • 共感力
  • 社会スキル
  • 意思決定力

今まさに、日本の子どもに必要なSEL

現在の日本の子どもたちを取り巻く環境において、SELの必要性はさらに高まっていると下向氏は言います。

全体性をもってSELを実装する(rokuyou提供資料より)

「コロナ禍を境に、これまで順調に学校生活を送っていた子どもが、突然、学校に来られなくなることが増えました。他者と接する機会が減ったことにより、不安定な気持ちや助けを求める声を他者に伝えることができない子どもが増加しているのではないかと考えています。また、自身の心身の状況をうまく捉えられず、自分に何が起こっているのかがわからない子どももいるのではないでしょうか。子どもを取り巻く社会の中で、自己理解力や自己管理力を育む機会が減り、かつ周りの友達に対して共感する気持ちを抱くことも減っていると考えています」

では、SELのアプローチにより学校でこうした力をどのように育んでいるのでしょうか。

下向氏は「授業だけでなく行事や部活動、家庭、地域と連動しながら進めていく必要がある」と伝えた上で、実際に学校で行っているアプローチについて紹介してくださいました。

「学校での取り組みはつい子どもに向けた取り組みに意識が向きがちです。しかし、COCOLO-PLANに示されている通り、『チーム学校』となり、安心安全を醸成するためには、児童生徒だけでなく、教職員も一体となって実践し、浸透させていく必要があります。

SELを行う先生・子ども向けアプローチ(rokuyou提供資料より)

SELは学びの土台作りとなるので、まずは学校の先生方と『どんな子どもを育てていくか』、あるいは『どんな学びに重きを置くか』の年間目標とカリキュラムを設定します。その上で、教員研修とSEL教材提供・授業サポートを行い、振り返りを実施します。さらに、私たちは各校や各クラスの状況に応じて、伴走支援を実施していきます」

実際に、各校ではどのようにSELを導入しているのでしょう。下向氏の関わる2校の事例をご紹介します。

高校の中途退学者を防ぐために、心理的安全性を醸成する【A高校の事例】

A高校は、例年、中途退学者が多いという問題を抱えていました。背景には、学校に通う価値が見出せず無気力になる生徒や、人間関係構築に苦手意識を持つ生徒が少なくない状況がありました。また、複数コース間での交流がなく、「同じ学校に誰がいるのかがわからない」ことも生徒たちの不安につながっていました。

教員間では、「中途退学者を出さないために何ができるか」「学校に居場所を感じてもらうためにどうすればいいか」といった議論が重ねられ、心理的安全性の高い学習環境づくりを目指してSELの導入を決定しました。

A高校の先生方にはもともと、学校の目標や悩みを共有しあう土壌が備わっていました。例えば、ある先生の「お酒の出ない飲み会をしましょう」という発案で、悩みを打ち明けたり意見交換をしたりする場がすでにできていたのです。

そこで、まず取り組んだのが、SELの視点を取り入れた新入生オリエンテーションです。具体的には、全クラスで生徒同士が安心して交流できるよう、グラデーションマッピングを実施しました。

グラデーションマッピング実施方法(rokuyou提供資料より)

グラデーションマッピングとは、質問に対する答えを立ち位置で表現するボディワークです。ゲーム感覚で他者との違いに気づき、自分の価値観や特性を再認識することができます。例えば、「人前で話す時にどのように感じますか?」という質問に対して、教室の左端が「とても緊張する」、右端が「まったく緊張しない」として、自分があてはまりそうな位置に立ちます。他者との違いを視覚的に認識し、多様な考えや価値観に気づくだけではなく、自身の価値観や特性も再認識することができるのです。さらには、近くに立っている人=自分と意見が似ている人とも話す機会を得ることで、他者に対して安心感や親近感を持つこともできます。(進め方と問いの例はお役立ち資料に掲載)

感情とニーズの関係性(rokuyou提供資料より)

オリエンテーション後は、クラスの課題に合ったワークを実施しました。

人間関係のトラブルや中途退学者が多いクラスでは、「相手の気持ちが分かる人になること」を目的に、自己と他者の感情とニーズを捉えるロールプレイングを実施。感情の背景には必ずニーズがあることを踏まえ、よくある学校生活の場面を題材に、「相手は何を求めているのか」「なぜその行動をとったのか」「その人のニーズは何か」を想像することで相手の気持ちになって考える練習をしました。

さらに、教科の中でもSELを意識した実践が広がっていきました。例えば音楽の授業では、従来の振り返りに「自分の内面に目を向ける視点」を加え、教員がコメントを返すことで承認と深掘りを行いました。こうした振り返りにより、生徒は自身の感情を言語化する経験を重ねていったのです。

取り組みの積み重ねにより、指導や注意の頻度が減少し、生徒からは「自分たちの代で学校を変えよう」という前向きな声が聞かれるようになりました。心理的安全性に関する「意見が違うかもしれないと思っても、素直に自分の考えを話せる人はいますか?」といった設問に対しても、肯定的な回答が増加するなど、意識と行動の変化が定量的に確認されています。

教員間の対話を土台に、支え合える学校づくりを実現 【B小学校の事例】

B小学校では不登校児童の増加に加え、授業中に教室外へ飛び出すなどの問題行動が見られるようになっていました。また、年度途中でメンタル不調により休職する教員もおり、子どもだけでなく教職員にとっても負荷の高い状況が続いていました。

こうした課題に対し、B小学校ではSELを導入。取り組みの結果、「不登校のうち登校復帰した児童数」は15人にのぼりました。さらに、年間150日以上欠席していた児童が、週1回程度の欠席まで改善するなど、登校状況に大きな変化が見られました。

B小学校がまず取り組んだのは教員研修です。教員間の対話を土台に「支え合える学校」を目指し、先生も子どもも心理的安全性を感じられる環境づくりを進めていきました。

研修では、「人生の道」と呼ばれるワークを実施しました(進め方とワークシートはお役立ち資料に掲載)。これまでの人生を一本の道として描き、共有することで、互いの背景や価値観を知り合い、理解と安心感を育むことを目的としたものです。

あわせて、「普段感じている学校やクラスのモヤモヤや課題感」などをテーマにして、エンパシーサークルを実施。話し手の感情やニーズに意識を向けながら聴くことで、教員同士の相互理解を深めていきました。さらに、ある教員の発案をきっかけに、「お祝いと嘆きの共有の場」を設け、教員が率直に自分の気持ちを表現できる機会も生まれました。

こうした積み重ねにより、教員の心理的安全性が高まると、学校内では変化が現れ始めます。それまで「新しい取り組みを行う余裕はない」と感じていた教員から、「〇〇に挑戦したい」「△△をやってみたい」といった声が聞かれるようになったのです。

現在では、学校教育目標である「自律した学習者の育成」を軸に、子どもに委ねる学びや教科担任制など、各教員が主体的にプロジェクトを展開しています。

教員が心理的安全性の土台の上で挑戦する姿勢は、子どもたちにも波及しました。子ども一人ひとりの頑張りを大切にする関わりが増え、感情の背景を踏まえた対話が行われるようになっています。また、授業中に気持ちを落ち着かせるためのピーススペースを設けるなど、環境面での工夫も進みました。

その結果、不登校児童数は減少。家庭で子どもたちが「学校が楽しい」と話す機会が増え、保護者からのクレームも減少しました。授業参観や学校行事への参加率は8割以上に上昇し、学校と家庭の関係性にも前向きな変化が見られています。


こうした変化は、A高校やB小学校だけでなく、多くの小・中・高校、大学で起きています。学校に心理的安全性が根づいていくことで、不登校児童生徒が減少し、「学校に復帰したい」と考える子どもが増えるようになっていきます。

現在、沖縄県うるま市や愛知県名古屋市などで、自治体単位でSEL導入を進める動きも広まりつつあります。学校間で実践を共有し合いながら、地域全体で子どもたちを育てていく視線が今後ますます重要になっていくと考えられます。

まとめ

不登校対策というと、支援が必要な子ども一人ひとりへの個別の関わりに目が向きがちです。しかし、A高校やB小学校の事例が示すように、子どもたちが安心して過ごせる学校全体の風土や関係性を整えていくことも同じくらい重要な要素です。子どもも教員も安心して過ごせる、ウェルビーイングな学校の土台づくりこそが、不登校を減らし、「学校に戻りたい」と思える環境を生み出すのではないでしょうか?

本記事に関するお問い合わせ、ご相談、ご不明点などお気軽にお問い合わせください。

#Think Trunk

WEBマガジン「#Think Trunk」とは

人と人、人と組織、人と社会とのコミュニケーションのヒントをお届けする
WEBマガジンです。

人間・組織の悩みは、コミュニケーション・関係性の場づくりで解決できる。
〜JTBは、新しい形の交流のあり方を創造し、社会に貢献していきたいと考えています〜

JTB法人事業のお客様へお役立ち情報や課題解決のきっかけとなる知見、経験、アイデアを紹介するWebマガジンです。また産・官・学の皆さまとの接点があるJTBならではの垣根を越えた共創のヒントをお届けしたいと考えています。