はじめに
「働き方改革」が政府主導で始まってからすでに約10年が経過し、その必要性は教育現場においても年々高まっています。
そして、『「令和の日本型学校教育」を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について(答申)』(令和6年8月27日中央教育審議会)を踏まえ、学校教育の質の向上を通した、全ての子供たちへのより良い教育の実現に向けて、学校における働き方改革がより一層加速しています。
本記事では文部科学省と東京都教育委員会が公表した「働き方改革 取組事例集」をもとに、教育現場でのICT活用による教員の業務効率化と授業の質向上の実現に向けて取り組んだ具体的な取り組みをご紹介します。

学校働き方改革が進められている背景
1 教員の長時間労働と過重労働
日本の教員は、世界的に見ても非常に長時間働いていることで知られています。文部科学省の「教員勤務実態調査(令和4年度)」によると、多くの教員が1日10時間以上勤務しており、休日出勤も常態化しています。このような状況は、教員の健康を損ない、教育の質にも悪影響を及ぼすため、労働時間の適正化が急務とされています。
2 教員不足の深刻化
少子化が進む一方で、教員の採用が追いつかず、特に地方や特定教科での教員不足が顕著です。文部科学省の調査では、全国で1,800校以上が教員不足に直面しており、特別支援学校や中学校での不足率が高いことが報告されています。教員不足は業務の偏りを生み、残された教員の負担をさらに増大させる悪循環を引き起こしています。
3 教育の質が低下するリスク
長時間労働や教員不足の影響で、授業準備や生徒指導に十分な時間を割けない状況にあります。これにより、生徒一人ひとりに対するきめ細やかな指導が困難になり、教育の質が低下するリスクが高まっています。働き方改革を通じて教員が本来の教育活動に集中できる環境を整えることが、教育の質の向上に直結します。
働き方改革に向けた効果的な取り組みとは
教員の業務を効率化し、教育の質を高めるには、ICTの活用と業務の棚卸という2つの視点を組み合わせた取り組みが効果的です。
ICTの活用により、情報共有や事務処理が迅速・正確になり、教員の負担が軽減されます。例えば、校務支援システムの導入により、出欠管理や成績処理などの業務が大幅に効率化されます。加えて、業務の棚卸によって不要な業務や重複作業を見直し、本来注力すべき教育活動に時間を充てられるようになります。このように、ICTの活用と業務見直しの両輪が、効率化の鍵となります。これらの取り組みにより、教員が子どもたちと向き合う時間を確保し、教育の質の向上につなげることが可能となります。
教育現場における具体的な取り組み事例
ICT活用による業務改善
ICTの活用は、教育現場の様々な業務を効率化し、教員の負担軽減に大きく貢献しています。以下、具体的な事例を紹介します。


(1) 欠席連絡システム(東京都墨田区)
墨田区では、保護者からの欠席連絡を保護者専用Webおよび多言語対応の音声自動応答専用電話で24時間受け付け、自動で集計されるシステムを導入しました。このシステムでは、家庭への連絡・アンケートを行い、その開封状況・回答状況を確認することもできます。これにより、児童・生徒の欠席連絡の状況を伝達・共有する時間や児童・生徒にお知らせを配布する時間が削減され、その時間を子どもと向き合う時間などに充てることができました。墨田区では、年間約7,500時間(1校当たり215時間)の時間が削減されたと試算しています。
(2) 校務支援システムの活用(福岡県久留米市立篠山小学校)
篠山小学校では、Google Workspace for Educationを活用して情報共有における課題を解決しました。Google スプレッドシートやGoogle カレンダーの活用を推進し、毎日の伝達事項を教職員が持つ端末からいつでも見られるようにしました。特別教室の利用予約なども、手書きでの予約からGoogle カレンダーの活用へと移行し、予約漏れやダブルブッキングなどのトラブルが減少しました。
(3) 会議のペーパーレス化(岐阜県岐阜市立岐阜中央中学校)
岐阜中央中学校では、Microsoft Teams for Educationを活用し、会議資料をTeamsのフォルダ内で共有することでペーパーレス化を実現しました。これにより、ゆとりをもって資料作成ができるようになり、直前の情報も反映できるようになりました。また、会議中での変更もその場で対応できるため、教師は自分の時間を効率的に使えるようになりました。
(4) 宿題のデジタル化(東京都渋谷区)
算数ドリルや漢字ワークブックといった従来の紙媒体の宿題を廃止し、デジタルドリルなどを活用することで、採点の手間を省き、教員の負担を軽減しています。児童・生徒にとっても、学習成果をすぐに確認できるというメリットがあり、学習意欲の向上に繋がっています。
(5) ICT活用と創意工夫で変わる教員の働き方(葛飾区立東金町小学校)
葛飾区立東金町小学校では、ICT活用に様々な取り組みを組み合わせて推進しています。これらの取り組みにより、教員の業務効率化と働き方改革を推進しています。
- 15時前下校の時間割を導入し、教員の授業準備時間を確保するとともに、定時退勤を促進
- 「師範授業」をICTで録画・共有することで、若手教育とノウハウ伝授を効率化
- 「スイッチ授業」を実施し、教科の専門性を活かすことで教員の負担を軽減
- 職員室に立机を配置して会話スペースを設けることで、教員間のコミュニケーションを活性化
- C4th(校務支援システム)を活用して情報共有を効率化し、会議時間の削減を実現
業務の棚卸による改善
業務の棚卸を実施することで、従来の慣習や固定観念にとらわれず、業務の必要性や効率性を客観的に見直し、教員の負担軽減と教育の質向上を同時に実現することができます。以下にて、具体的な事例を紹介します。

(1) 部活動改革(東京都渋谷区)
東京都渋谷区では、一般社団法人「渋谷ユナイテッド」と協働し、中学校の部活動の地域移行を進めています。この取り組みにより、教員が部活動に従事する時間を大幅に削減することができました。具体的には、平日の部活動指導や休日の大会引率などの業務が軽減され、教員の負担が大きく減少しました。また、専門的な指導者が関わることで、生徒たちの技術向上にもつながっています。さらに、教員の時間外勤務の削減や、休日の確保にも効果を上げており、ワーク・ライフ・バランスの改善に大きく寄与しています。この取り組みは、教育の質を維持しながら教員の働き方改革を実現する好例として、他の自治体からも注目されています。
(2) 通知表の見直し(東京都立川市)
東京都立川市では、通知表の担任所見欄について、在り方の見直しを行いました。具体的には、1学期または1・2学期の担任所見欄を無くし、その代わりに個人面談を実施することで、保護者に児童・生徒の学習状況や生活の様子を伝えるようにしました。この取り組みにより、担任の所見欄作成の業務負担が大幅に軽減されました。また、管理職の所見欄の確認業務も削減されることとなりました。さらに、個人面談を通じて、より詳細かつ双方向のコミュニケーションが可能となり、保護者との関係性の向上にもつながっています。教員からは「子どもたちと向き合う時間が増えた」「より丁寧な生徒指導ができるようになった」といった声が上がっており、教育の質の向上にも寄与していると評価されています。
(3) 外部人材の活用(千葉県千葉市立加曽利中学校)
千葉県千葉市立加曽利中学校では、教員業務支援員を活用し、教員の負担軽減を図っています。教員業務支援員は週4日、午前8時30分から午後3時30分まで勤務し、主に印刷業務、データ転記、教材準備補助などを行っています。この取り組みにより、教員が子どもたちと向き合う時間が増え、授業準備や生徒指導により多くの時間を割けるようになりました。また、部活動指導後の業務を教員業務支援員に依頼できるようになったことで、教員の帰宅時間が早まるなど、ワーク・ライフ・バランスの改善にも繋がっています。教員からは「なくてはならない存在」との声が上がっており、学校全体の業務効率化に大きく貢献しています。
学校版 働き方改革推進プログラムのご案内


教育現場における働き方改革を成功させるために、株式会社ワーク・ライフバランスでは、業務の棚卸しとカエル会議を推奨しています。業務の棚卸しにより、現状の業務内容や業務量を可視化し、必要性や効率性を再評価することができます。一方、カエル会議は「かえる」という言葉に込められた「帰る」「変える」「替える」の意味を活かし、業務改善や時間管理の効率化を図るための有効な手段となります。これらのプロセスを通じて、教職員の働き方を見直し、より質の高い教育を提供するための時間と環境を整えることができるのです。このような背景のもと、「教育の質を高める働き方改革」をサポートする、ワークショップ(教職員向け)と動画コンテンツをご案内します。株式会社ワーク・ライフバランスでは、これまでに250以上の学校、教育委員会、3,000社以上の自治体、中央官庁、民間企業の働き方改革を成功に導いています。ワークショップは、ワーク・ライフバランス社より派遣される豊富な知識と経験・実績を有するコンサルタントが実施します。動画コンテンツでは、"働き方改革のノウハウ"をわかりやすく解説いたします。
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おわりに
ICTの活用と業務の棚卸は、教員の働き方改革を推進するための強力なツールです。これらの取り組みを積極的に導入することで、教員が子どもたちと向き合う時間を増やし、教育の質の向上に繋げていくことが可能になります。
学校の抱える課題が複雑化・困難化する中、業務負担を軽減し教育の質を向上させるためには、教師を取り巻く環境を見直し、時代の変化に合わせて学校現場における業務の在り方をリニューアルしていく必要があります。
具体的には、以下の点に注力することが求められます:
- 各学校や地域の実情に合わせた取り組みの適切な組み合わせ
- 教育委員会、学校管理職、教員が一体となった継続的な改善
- 積み重ねてきた業務の必要性や適切性の再検討
- 子供たちにとってより効果的・効率的な業務の在り方の模索
これらの取り組みを通じて、教育現場の働き方改革を推進し、より良い教育環境の実現を目指していくことが重要です。
参考資料
文部科学省「学校における働き方改革について」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/hatarakikata/index.htm
文部科学省「全国の学校における働き方改革事例集」(令和5年3月改訂版)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/hatarakikata/mext_00008.html
東京都教育委員会「東京都公立学校における働き方改革 取組事例集」令和6年3月
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/staff/staff_workstyle_reform_school/about