2019年度から移行措置が実施されてきた新学習指導要領が、いよいよ今年度から高校でも実施されました。その中で、特に目玉となっているのが探究学習です。「総合的な学習の時間」は「総合的な探究の時間」と名称変更され、「古典探究」「地理探究」「日本史探究」「世界史探究」など探究を冠する科目が生まれました。さらに、既存教科科目においても探究を取り入れることが重視されています。
一方で、今年度も1学期を終え、学校現場から探究学習においてさまざまなお悩みが聞かれるようになりました。中でも多いのが、「調べ学習で終わってしまう」「生徒が主体的に取り組まない」という声です。こうしたケースではどのようなアプローチが求められるのでしょうか。元岡山県立林野高校校長で、現在、授業デザイン研究所代表の三浦隆志先生に聞きました。
調べ学習で終わる、主体的に取り組まない、その原因とは?
探究学習を行っているものの、「調べ学習で終わってしまう」「生徒が主体的に取り組むことができない」といったお悩みに直面していらっしゃいませんか。
「実はこうした問題の根は共通しています。それは、生徒が『問い』を立てられないということです」と三浦隆志先生は言います。
「調べ学習で終わってしまう」のは、自分から「問い」が生まれていないために、掘り下げていくことができず、インターネットで検索して表面的な理解に終始してしまっているのです。
探究学習で重要なことは、「【課題の設定】体験活動などを通して、課題を設定し課題意識を持つ→【情報の収集】必要な情報を取り出したり収集したりする→【整理・分析】収集した情報を、整理したり分析したりして思考する→【まとめ・表現】気付きや発見、自分の考えなどをまとめ、判断し表現する」という一連のサイクルを回していくことです。
課題、すなわち「問い」を立てられないということは、探究学習のスタートが切れていないという根源的な問題だといえるのです。
また、「主体的に探究学習に取り組むことができない」背景にも、生徒自身の興味から「問い」を立てられていない問題があります。関心や感情が湧き起こっていないがために、探究を自分事にすることができず、いわば「やらされ感」のある活動になってしまっているのです。
生徒が「問い」を立てられるようになる3つのアプローチ
生徒が「問い」を立てられるようになる方法にはいくつものアプローチがあります。ここでは、具体的に3つの方法を紹介しましょう。
一つ目は、体験活動を上手に活用することです。新たな体験活動を取り入れることも素晴らしいですが、これまで続けてきた修学旅行や校外学習を探究学習の一環として位置づけることも有効です。既存の行事を探究学習の文脈で活用することで、導入のハードルを下げることにもつながるでしょう。
ここでは、地域の企業などを見学する校外学習のケースを考えてみましょう。多くの場合、事前段階で「地域の産業を知る」など大まかなテーマを定めて行くでしょう。この時点では、まだテーマに対する関心を十分に高められていない生徒も少なくないはずです。
実際に足を運んでみることで、「こんなに手間をかけて製品を作っているのか」「日本で○番目の生産量なんだ!」「本当にこんなものを人力で作れるの?」といった感情が伴った疑問が湧いてきます。それが探究学習の「問い」の種になっていきます。
三浦先生はこの生徒の変化を大事にしてほしいと語ります。
先生方には、こうした体験の機会を設け、生徒がテーマを自分事にする瞬間を見逃さずに声かけするなど伴走していく役割が欠かせません。逆にいうと、先生方が上手にサポートすることができれば、生徒は驚くほど力を発揮して、自ら探究に動き出すことができるようになります。
新しい学習指導要領では、子どもたちのアウトプットも重視しています。感情が動いた体験について、書いたり発表したりするなどの表現につなげていきましょう。
また、二つ目のアプローチとして、リフレクションを活用する方法が挙げられます。例えば、上記のような体験活動をリフレクションすることで、今まで気づかなかった自分の価値観や感情を整理することができるようになります。大切なことは、「感想を書く」といった漠然とした振り返りではなく、リフレクションのフレームを活用することで新しい関心(問い)が生まれる仕組みを構築することです。
こういったリフレクションのフレームを活用し、さらにその内容を蓄積、その履歴を基に教員が適切なフィードバックをすることで、より探究学習の深みや広がりが出てきます。探究学習が初回からうまくいくことはほぼありません。探究サイクルを回していくことで、生徒の学びを軌道に乗せることができます。そして、一度軌道に乗せられれば、生徒は自走していくことができるのです。
まずは、夏休み中のオープンキャンパスや、部活動の大会、地域の祭りなど、各生徒の感情が大きく動いたイベントを題材にして、リフレクションを実践してみるとよいでしょう。
リフレクションについてはこちらの記事で詳しくご紹介しています。
三つ目のアプローチは、生徒が自分の関心に気づけるような機会を設けていくことです。その中で有効なのが、シンキングツールを使って生徒自身の興味発見につなげていく方法です。シンキングツールを活用し、体験をリフレクションして見えてきた自分自身のキーワードを、掘り下げたり広げたりしていきます。ここでは、「マンダラート」と「5W1H」という2つのツールを紹介しましょう。
興味関心を整理する「マンダラート」
「マンダラート」とは、曼荼羅のように9×9の合計81個のマス目を設け、思考やアイデア、興味関心を整理することができるツールです。書き込んでいくことで、自分に関連する事柄を俯瞰して見ることができます。
マンダラートで自身の興味関心を洗い出した後に、より深めてみたい項目をピックアップして、組み合わせ、「テーマ」を作ります。しかし、この時点ではまだ抽象度が高く自分事として取り組める題材になっていなかったりします。そこで、「5W1H」のフレームを使って探究の「問い」にまで落とし込んでいきます。
問いに落とし込む「5W1H」
マンダラートなどを活用し、抽出された「問い」の原型やテーマに対して、5W1Hを投げかけていくことで、「問い」にまで精選されていきます。
Whereは、「どこで」あるいは「どこをターゲット」にするかを定めます。Whoは、「誰に対してアプローチするか」を明確にします。Whenは、「いつ」行うかを記入します。明確な日時でなかったとしても、「~のタイミングで」といった記入するケースもあります。Howは「どのような手段」を選択するかをピックアップします。この段階では具体的な1つの手法に絞る必要はありませんが、どのように想定をしているかを見える化しておくことがポイントです。Whatはどのようなことを狙うか、あるいはどのような結果を招くかなどを書き込みます。Whyは、「目的」を記入します。(具体的な記入方法はホワイトペーパーをご参照ください。)
生徒ひとりで考えることが難しい場合には、ペアになりインタビュー形式で5W1Hを使って掘り下げていくといったアプローチも考えられます。
自分で自分の興味に気づき、それを「問い」にまで落とし込むことは簡単なことではありません。こうしたフレームワークは、その助けとなるものといえるでしょう。ただし、三浦先生はこう注意を促します。
フレームは埋めることが目的ではなく、取り組みを経た後に何がその先に見えるのかが重要です。ツールを使うことが目的化しないよう、生徒たちにも事前に意図を説明しておくようにしましょう。
また、「探究学習を実際に始める手前の段階で『この問いが100点』ということはない」と三浦先生は続けます。探究学習サイクルを一周まわしてみることで、実際にその「問い」が有効なものであったかが見えてきます。じっくり一つの「問い」に向き合うことも重要ですが、それ以上に何回転もしていき、軌道修正をしていくということが大事になってくるといえそうです。
先生が「問い」を立てる体験をすることで目線が合う
生徒が「問い」を立てられない背景には、多くの先生方が探究学習を経験したことがないという課題があります。生徒が探究学習を深めていくには、先生の適切なコーチやフォローが欠かせません。しかし、自身で一度も「問い」を立てたことがなければ、生徒のつまずきに対して、どうアプローチしてよいかわからないでしょう。そこで三浦先生は、「まずは、先生方自身が問いを立てる経験をし、その楽しさを味わうことが重要だ」と語ります。
具体的な方法としては、良い「問い」とそうでない「問い」について考えるワークショップ研修の実施といった手法が考えられます。例えば、「(生徒が日頃使用している地元)ローカル線の廃止問題」などのテーマを設定し、そこからどのような問いを立てられるか各々で考え、それを発表し、「生徒がこういった『問い』を出してきたらどう声かけするか」といった観点でグループで話し合うのです。
良い「問い」の定義は多様で一概に言い切ることは難しいものです。三浦先生は、「感情が動き、自分事化できることが重要」と言います。こうした観点を持ち、先生間で話し合って理解を深めていくことが重要なのです。
ワークショップ例
テーマ:「(生徒が日頃使っている)ローカル線の廃止問題」から「問い」を立てる
「(生徒が日頃使っている)ローカル線の廃止問題」というテーマを受けて、A先生から「地方ローカル線を廃止させないようにするには?」という「問い」が出されました。
B先生からは、「これは『問い』として大きすぎて深掘りしにくいのでは?」、C先生から「広すぎて『なんでもあり』になり、生徒が自分事にしにくいのでは」といったコメントが出されました。自校の生徒が深めやすいかどうかが議題となりました。
「もし『地方ローカル線を廃止させないようにするには?』という『問い』が生徒から出された場合には、どのような声かけをしますか?」とファシリテーター役から発問します。B先生からは、「自分達のアクションと紐づけられるものを考えてはどうだろう」と声かけをするというアイディアが出されました。
B先生からの指摘を受けて、A先生からは「『ローカル線廃止を防ぐために、この1年間で自分にできる取り組みとは?』といった内容にするとで、生徒がより自分事として考えられるようになるかもしれない」と気付きがシェアされました。
先生方がこうした「問い」を立てる体験を重ねることで、探究学習への理解が深まるだけでなく、自校の生徒たちには「どのような声かけが有効か」「どんなことにつまずきやすいか」などの目線も合っていきます。
ただし、日常でほぼ会話がない中で、いざ研修になって話し合おうとしても難しいものです。三浦先生はこう続けます。
研修の充実だけでなく、日頃から先生間で対話をする機会を設けていけるとよいでしょう。例えば、職員会議を一方通行の情報伝達の時間にするのでなく、グループを作って話し合いの機会を設けるなど、学校文化として対話を定着させる工夫も同時に必要になってきます。
生徒だけでなく、先生方も日々の生活で探究を続けられるような土壌づくりが必要だといえるのです。
まとめ
「調べ学習で終わってしまう」「生徒が主体的にならない」などの探究学習の問題は、「生徒が『問い』を立てられない」という課題に起因しています。生徒が「問い」を立てられるようになるには、複数のアプローチがあります。その中でも、今回は、体験活動を活用し、それに対する適切なリフレクションを実施し、そのリフレクションで見えてきたキーワードをもとにシンキングツールを活用するという3段階のステップを紹介しました。
また、先生方が「問い」を立てる探究を体験してみる重要性もお伝えしました。学校文化として、先生方が相互で刺激をし合いながら探究できるような土壌を耕していけるとよいでしょう。