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学校・教育機関向け WEBマガジン「#Think Trunk」 【事例紹介】「観光人クエスト」で自分の生き方を探求する ~安田女子中学校~

2024.05.07
国内プログラム
修学旅行
探究学習
キャリア教育
平和学習
事前事後学習

その地ならではの、とびっきりの人に逢いにいく「観光人クエスト」。

観光の語源は、「観音菩薩の光」を観ること。つまり、「本質」や「本物」を観ることだと言われています。より良い未来を創るために本質的なモノやコトに光を当て、自らも光り輝くような活動をしている人のことを、私たちは「観光人」と呼びます。

観光人に出逢うことで新たな自分に出逢い、自分の価値観やあり方、心の動きを探求してほしい。そんな思いを込めて、教育プログラム「観光人クエスト」を創っています。この記事では、そんな観光人の一人、福岡奈織さんのストーリーとプログラムの様子をご紹介します。

観光人クエストとは、子どもたちが旅を通してその地ならではの観光人と出逢い、その人の人生や価値観に触れてココロが動き、自身のあり方を探求するようになるプログラムです。

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狭いと思っていた広島は、想像以上に広かった

イニアビ農園 多文化共生マネージャー 福岡奈織さん

広島市内から車で約1時間。中国山地の山々に囲まれた安芸高田市で「自然栽培のイニアビ農園」を営んでいるのは、地域おこし協力隊としての顔も持つ福岡奈織さん。

福岡さんは広島市内で生まれ育ち、結婚を機に築100年の古民家での暮らしを始めました。この場所で、肥料や農薬を使わない自然栽培をし、畑の作り方を学ぶ「自然栽培教室」や、食を通して地球環境について考える「世界とつながる農園プログラム」を開講しています。

自然を身近に感じる暮らしをしている福岡さんですが、以前は「世界中を飛び回りながら、国際NGOでバリバリ働きたいと思っていた」と言います。

福岡さん
「正直、広島を信用していなくて。広島じゃだめだと思っていたんです。高校時代は、『将来は東京や海外で働きたい!』と言っていました」

そう振り返る福岡さん。何がキャリアの方向性を変えるきっかけになったのでしょうか。

福岡さん
「高校卒業後は県外の大学に通いたいと思っていたのですが、結局広島の大学に通うことになってしまって。仕方なく、自分にできる最大限のことをやろうと思っていたときに、広島が国際平和文化都市であることに気づいたんです」

「海外から広島に来る人たちと対話したい」そんな思いを抱きながら関わるようになった平和活動を通して、思っていた以上に広島が世界と繋がっていたことを知ります。その後、被爆者の方とともに地球一周の船旅をするプロジェクトに参加したことをきっかけに、グローバルな視点での広島の役割を考えるようになりました。さらに、世界中の被爆者や戦争被害者にヒアリングを重ねる中で、人種差別を受けている人や経済活動の中で犠牲になっている人がいることに注目するようになります。

「食べる」を見つめ、平和を伝えていく

築100年の古民家

安芸高田市で農園を営むことになったのでは、「ごく自然な流れだった」と福岡さんは言います。

福岡さん
「世界で起こっている飢餓や貧困、差別などを目の当たりにしたとき、先進国に住む私たちが、まさにそれらの課題を引き起こしている当事者であることに気づいたんです。であれば、私自身が生き方を変えなければいけない。そう思って、仕事や暮らしを見直しました」

そして、人々が「生きること」から平和を伝えていきたいと考えた末に行き着いたのが、「食」でした。

福岡さん
「生きることを考えたとき、食べることは切っても切り離せないと思ったんです。人との関係が崩れても、生きていかないといけない。そのためには、食べないといけない。自分で食べ物を生み出すことができて、自分で自分の命を守ることができることを体感覚として持っておくことは大切だなと思って、農園に行き着いたんです」

自然が持つ力を引き出すことが、人間の役割

福岡さんがつくる「世界とつながる農園プログラム」とは、どのような内容なのでしょうか。11月のある日、広島市内から安田女子中学校の2年生38人が訪れました。玄関先のボードには「Welcome!」という言葉とともに、その日のプログラム内容が書かれています。

まずは農園で採れた大豆が振る舞われ、生徒たちは「おいしい!」と笑顔を見せます。イニアビ農園を紹介を終えた後、福岡さんは「今まで食べた食べ物の中で、一番覚えているものはなんですか?」と生徒たちに問いかけます。家族で外食をした際に食べたものや、初めて食べた不思議な味の記憶。生徒たちは自分がこれまで口にしてきたものを振り返り、食べ物の味だけではなく、「どこで誰と食べたのか?」「誰がどうやって作ったのか?」「どうして記憶に残っているのか?」を思い出します。

自然栽培についての説明

生徒たちの発表に穏やかに耳を傾ける福岡さんは、その後、自身の食べ物の記憶も紹介。そして、「食べ物が私たちの体をつくり、私たちのストーリーをつくっているんだよ」と続けます。

普段口にしている食べ物は、どうやって私たちの元に届いているのか。食べ物のルーツを辿るように、福岡さんは自身が営む「イニアビ農園」での自然栽培について、丁寧に説明していきます。自然栽培とは、肥料や農薬を一切使わず、自然の力を引き出しながら野菜や果物を育てる農法。「自然界に無駄なものはない。人間が嫌う雑草や虫、菌にも役割がある。それらを活かし、土や植物が持つ力を引き出すことが、人間の役割なんだよ」と福岡さんは力を込めます。

土から食べる喜びを、みんなが感じられる世界へ

6種類の葉物野菜を食べ比べ

その後は複数のグループに分かれ、アクティビティに移ります。屋外で生えている雑草の見た目や役割の違いを五感で感じたり、6種類の葉物野菜を食べ比べたりする時間。生徒たちの日常にも存在しているであろう雑草や野菜を改めて観察することで、自然が持つ力に目を向けていきます。

屋内では袋に入った農園の土1gがそれぞれに配られ、中にいる微生物の役割について学ぶ場面もありました。「この中に微生物は何匹いるでしょう?」そう問いかける福岡さん。答えを聞き、想像を超える微生物の数に生徒たちは驚きます。目に見えない微生物の力によって雑草が分解され、堆肥となって元気な土が作られる。福岡さんが言う「自然界に無駄なものはない」ことを、農園の中で感じていきます。

ジビエカレー

昼食は、鹿肉を使ったジビエカレーが振る舞われました。農村地域に被害をもたらす鹿は駆除され、地域ではその肉を資源として活かす動きが広まっています。一方で、硬い部分は捨てられてしまうことも多いのだとか。通常は硬くて食べることができない鹿肉を高温でじっくりと煮込み、柔らかくして作ったのが、今回振る舞われたジビエカレー。地域おこし協力隊の方がこの日のために用意してくれたものでした。

プログラムの最後には、1日の体験や福岡さんのストーリーを通してそれぞれが感じたことを振り返り、数人のグループで共有する時間が設けられました。福岡さんは、イニアビ農園で大切にしている「土から食べる喜びをみんなで」という言葉を紹介し、プログラムを締めくくります。

福岡さん
「今日みんなは、食べる喜びを感じましたよね。けれど、すべての世界がそうなっているわけではありません。地球上には、土から採っているのに食べる喜びを感じられない世界もあります。食べる喜びを、みんなが感じられる世界をつくっていけるといいですよね」

体験を通して、自然との繋がりを感じてほしい

プログラムを終えた後、大切にしていることについて福岡さんはこう話してくれました。

福岡さん
「まずはその土地でできたものを食べて、自分の中に取り込まれていく感覚を体験してほしいと思ってプログラムをつくりました。それがない状態で、世界で起こっている飢餓や貧困、土地収奪の話をされても『自分には関係がないことだ』と、どこか他人事になってしまうと思うんです。
そして、プログラムを通して、生徒たちの中に少しでも価値観のシフトが起こったらいいなと思っています。私自身も以前はそうでしたが、自然の中で育まれたものを直接受け取る立場にないときは、何がどう繋がって自分の手元に届いてるのかを考えるきっかけがないんですよね。

でも、本当は私たちの生活は自然に支えられていて、人間だけではコントロールできないことがたくさんあります。私たちの一つの選択が、自然のあちこちに影響を与えている事実を、理解しなければなりません。

人間からは邪魔者だと思われる雑草や虫、菌などは自然界にたくさん存在していて、それらの力があるからこの世界は成立しています。なので、人間にとっての一面的な価値観で物事を見るのではなく、自然界の大きな力の中に『食べる』という営みがあるんだと感じてもらいたいなと思っています」

安田女子中学校のプログラム実施の様子を動画で見る

観光人クエストに参加した先生と生徒の声

「世界とつながる農園プログラム」」に参加した先生や生徒は、プログラムについてどのように感じているのでしょうか。安田女子中学校の先生と生徒の感想をご紹介します。

安田女子中学校 佐野 誠 先生

生徒たちにとって農作業はあまり身近ではなかったのですが、実際に来てみるととても興味を持って参加していましたね。福岡さんをはじめ、イニアビ農園に携わる方が生き生きとされていたので、その姿が生徒たちにも良い影響を与えたのではないかなと思います。どうしても教員の立場では伝えられないことがありますし、生徒たちが普段関わるコミュニティも限定されています。そんな中で、いろんな経験をされている方のお話を聞けるのは貴重な機会だと思っています。学校では、探究活動の中で「広島の人口減少をどう食い止めるか」をテーマに扱っているので、広島で活躍されている方との出会いは、そのテーマを深めることにも繋がっていくと思います。

2年生 河合 希望 さん

ジビエカレーを食べるときに、畑を荒らす鹿の肉を使っていると聞きました。駆除した後にゴミにしてしまうのではなく、隅から隅まできちんと食べることにも大切な意味があるんだなと思いました。食べ物が自分の元に来るまでにはいろんな人や自然の力を借りていると思うので、感謝することを忘れないでいたいと思います。

2年生 神開 茜里 さん

発展途上国の“選べない側の人”の犠牲の上に私たちの生活があることを知って、複雑な気持ちになりました。私一人ではあまり大きいことはできないかもしれませんが、これからは自分が食べるものがどんな人たちによってどうやって作られたのかを想像しながら口に入れたいなと思います。

人生に夢中になっている人に出逢い、新たな自分を知る旅へ

教育プログラム「観光人クエスト」は、「MY LIV PROJECT~私のWell-beingに出逢う旅~」のプログラムの一つ。LIVは、デンマーク語で「人生」や「存在」といった意味をもつ言葉です。

たった一人との出逢いで、人生は変わる。

私たちはそう信じ、多様な日本全国の仲間と手を取り合い、子どもたちの人生に価値ある出逢いと対話の機会を創出します。 そして、プロジェクトに関わる全ての人が共に学びあい、成長し、一人一人の中にあるWell-beingが、他者や地域社会へ派生・循環する、平和で心豊かな社会の実現を目指します。

MY LIV PROJECTとは、旅を通して子どもたちの人生に価値ある出逢いと対話の機会を創出し、未来の可能性を拓くプロジェクトです。

詳しくはこちら

「観光人クエスト」では、より良い未来に向けてウェルビーイングに生きる観光人を訪ね、新たな自分に出逢うきっかけを提供します。プログラムでは観光人の人生ストーリーに触れ、観光人が大切にしている活動に触れる。そして、じっくりと体験を振り返ることで自分自身の価値観を見つめていきます。

観光人クエストとは、子どもたちが旅を通してその地ならではの観光人と出逢い、その人の人生や価値観に触れてココロが動き、自身のあり方を探求するようになるプログラムです。

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