国立公園という貴重な資源を持ちながらも、滞在時間の短さや季節間の集客格差という、多くの観光地が抱える共通の課題に直面していた北海道・阿寒湖温泉。この地が選んだ答えは、地域独自の自然とアイヌ文化を、世界水準の没入体験へと昇華させることでした。
本事例では、地域マネジメントを担う阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社(以下、阿寒AT)とJTBが、いかにして地域資源を再定義し、持続可能な「通年型リゾート」への転換を成し遂げたのか、その軌跡を紐解きます。

- 背景
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釧路圏では、「国立公園満喫プロジェクト」による機運の高まりが見られる一方、観光振興における構造的な課題も残されていました。中でも阿寒湖温泉は北海道東部に位置し、二次交通の整備や冬季の厳しい気象条件など、立地特有のハードルも抱えていました。
こうした状況のなか、2019年当時、2020年の訪日外国人観光客数25万人という目標を掲げるなかで、「いかに地域内で経済を循環させるか」が喫緊のテーマとなっていました。この突破口を開くべく、地域・行政・民間企業が一体となったDMC(Destination Management Company)として阿寒ATが設立。JTBは出資に加え、地域と伴走する人材を投入し、外部の視点と地域の想いを掛け合わせる役割を担いました。
- 課題
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阿寒湖温泉には、道内の他の地域と比較して、構造的に以下の課題がありました。
- 平均滞在日数が短い
- 観光客が夏季から10月に集中し、繁閑差が大きい
- 欧米を中心とした訪日外国人観光客を取り込み切れていない
- 夜間コンテンツは昼間の観光資源と異なり、その魅力を事前に伝えることが難しく、広報・プロモーション面でも独自の工夫が求められた
こうした課題は、地域にとっての経済的な機会損失につながっていました。課題の解決に向けて、“点”としての観光資源を“線”で結び、地域全体で夜の時間を楽しめる『ナイトタイムエコノミー』を構築することが、単なる収益化を超えた地域の生存戦略として求められていました。

- 実施内容
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JTBが着目したのは、阿寒湖に息づくアイヌの『自然と共に生きる精神(ユーカラ)』でした。この独自の精神性を世界レベルの自然体験として昇華させ、阿寒の森の夜を舞台に「滞在することでしか得られない物語」を創出すること、そしてこれらを軸に、宿泊拡大を図る中核事業を企画しました。
具体的にはカナダ・モーメントファクトリー社と提携し、アイヌの自然との共生文化をベースにしたストーリーと、最先端のデジタルアートを融合させました。これにより、国立公園初となる体験型ナイトウォーク『カムイルミナ(阿寒湖の森ナイトウォーク)』を2019年7月にオープンさせ、夜の森の魅力を引き出す新たなアクティビティを創出しました。

- 成果
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オープン初年度(2019年)には34,160人の入場者数を記録し、阿寒湖における夜の新たな観光需要の創出に成功しました。
翌年からは新型コロナウイルス感染症の影響により、移動制限や集客制約によって来場者数は大きく落ち込みました。それでも事業を継続し、購買データや入場者アンケートを活用した精緻な分析と、試行錯誤を重ねたプロモーション改善を積み重ねた結果、2024年度には26,804人まで回復しました。現在も持続的な誘客に向けた取り組みを続けています。地域への裨益性という観点では、本事業の運営を通じて地域の人材雇用を創出しており、地域経済の循環に直接的に貢献しています。これまでの実績により「2020地域振興賞」「クールジャパン・マッチングアワード2022マッチング賞」「じゃらん編集長が選ぶ元気な地域大賞(北海道エリア)」を受賞することができました。

- お客様の声
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訪日外国人旅行者(台湾・香港・シンガポールなどのFIT層)からは、動画をはじめとするデジタルプロモーションを通じて「神秘的な自然とデジタルアートの没入体験」として高い期待と関心を集めています。
国内旅行者にとっても、北海道旅行における「特別な夜の体験(夜のメインディッシュ)」として旅程に組み込まれるケースが増加しています。
阿寒アドベンチャーツーリズムは単なるカムイルミナの運営会社ではなく、阿寒湖エリア全体の観光価値を向上させるDMCとして地域に貢献しています。カムイルミナの立ち上げ目的であった『滞在時間の延長』と『ナイトタイムエコノミーの創出』は、地域の雇用創出や宿泊客増といった形で確かな裨益効果をもたらしています。今後はデータ分析に基づいた的確なプロモーションで集客を最大化させるとともに、アドベンチャーツーリズム推進やスキー場指定管理事業、冬季の訪日外国人旅行者への分散需要事業(新規コンテンツ造成・販売事業)を育成し、阿寒湖を『通年で稼げるリゾート』へと進化させてまいります。
その先に描くのは、観光による経済効果が地域内で循環し、住民の暮らしや働き方の向上につながる——地域固有の文化と自然環境を守りながら、経済的価値と住民のQOL向上を両立させる、持続可能な観光地の姿です。