日本には豊かな観光資源がある一方、情報発信が不足していたり、二次交通が悪かったりすることで、観光客の誘致にうまく繋がっていない観光地も多くあります。「瀬戸内アイランド・コンシェルジュ・サービス(SICS)」では、地元の事業者や自治体と連携することで、プロジェクトを実現しました。
現地の自治体や事業者の抱える課題感を拾い上げ、二次交通改善や宿泊者数の増加を狙う本プロジェクト。SICSとは一体どんな取り組みなのか、立ち上げに至ったきっかけから今後の展望までを、担当者に伺いました。
観光上の課題も、第三者と連携してそれぞれの強みを活かすことで、新たな道が開けるかもしれません。同じように課題を感じている自治体にとっては、ヒントになるプロジェクトではないでしょうか。
瀬戸内アイランド・コンシェルジュ・サービス 担当メンバー(株式会社JTB 高松支店)
教育旅行広島支店、団体旅行広島支店、広島支店にて教育営業、MICE 交流事業を推進。 2013年2月より中国四国本社へ所属し、会社の営業企画・経営企画に携わる。 その後、グループ本社にて事業推進担当部長、宮崎支店長を歴任。2021年2月より高松支店長に着任。
大阪のイベントコンベンション営業部にてイベント・プロモーション関連を担当。その後広島支店、当社上海部門にて国内誘客に関する地域交流事業を担当。現在は高松支店にて観光行政事業を中心に行う。過去主な事業としてせとうちアートにふれる女子旅プレミアムクーポン事業等があり、各種管理業では、社内でも多くの実績を誇る。2016年より瀬戸内国際芸術祭関連事業及びDMO関連事業を担当。
高松店にて店頭事業を推進。その後、当社アジアパシフィック本社に3年間出向。フィリピン・セブ島にてアジアからの訪日インバウンドの手配集約センターを新規立ち上げし、組織運営とツアーオペレーションに加え、商品造成等にも携わる。特に東南アジアのマーケットを得意としている。2021年2月より高松支店にて勤務。
瀬戸内アイランド・コンシェルジュ・サービスとは?
― 「瀬戸内アイランド・コンシェルジュ・サービス」とはどのような取り組みでしょうか?
個性的で魅力ある島々に囲まれ、瀬戸内国際芸術祭の開催地としても観光客からの人気が高い瀬戸内。株式会社JTB 高松支店では島旅観光の課題を解消するプロジェクトとして2019年に「瀬戸内アイランド・コンシェルジュ・サービス」を立ち上げました。
- 山田
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瀬戸内アイランド・コンシェルジュ・サービス(以下、SICS)は、チャーター船を利用して瀬戸内海の島々を繋ぎ、瀬戸内での新たな過ごし方を開発・提案する取り組みです。瀬戸内が抱える観光上の課題を解決するために立ち上げました。
まず前提として、瀬戸内国際芸術祭(以下、瀬戸芸)の開催初年度である2010年からJTB高松支店は瀬戸芸をサポートしており、関西エリアや関東エリアからの観光客を誘致するミッションを持っています。しかし、関西・関東エリアの各旅行会社からは「瀬戸内は、交通アクセスの面からお客様をご案内しにくい」という声が上がっていたんです。瀬戸内の観光上の課題は二つあります。ひとつは、二次交通が整備されていないことです。瀬戸内の島々に周遊旅をするには定期船を使わざるを得ないのですが、定期船は生活航路のため、観光用としては便数や時間帯が合わない問題がありました。基本的に高松港を発着としているので、島から島への移動ができません。1日に複数の島を巡りたくても、時間の都合で1日1島しか巡れない場合もあるんです。
二つめの課題は、瀬戸内の魅力的な観光資源が知られていないことです。瀬戸芸を舞台にする島々は、瀬戸芸を機会にいろんな観光コンテンツを地元で一生懸命作っています。しかし、その情報発信をそれぞれが手弁当で行っているため、関西・関東エリアには充分に伝わっていないという課題があります。
常々感じていた課題ではありましたが、前回の瀬戸芸2019を経てより実感し、瀬戸内や瀬戸芸がもっと認知されて、周遊観光が成り立つようなモデル作りを目指したのが立ち上げのきっかけです。瀬戸内のランドオペレーターのような形でプラットフォームを作り、旅行会社やその先のエンドユーザーにアプローチすることで瀬戸内や瀬戸芸の発展に貢献したいという、いわば地域に根差す企業としての正義感から生まれた事業ですね。
このSICSには地元の船会社の皆さまにも賛同いただいて、2019年の11月28にプレスリリースを出し、記者会見を開きました。この課題感は地元の方々や関係者の方々も感じていたことだったので、遅かれ早かれ誰かが手を挙げるだろうなとは思っていました。そこで「まずは!」という思いで私たちが手を挙げました。
SICSが新しい瀬戸内の旅を届けるために
― SICSの利用によって観光客はどんなことができるのか、SICSの強みを教えてください。
- 山田
- ひとつはチャーター船を活用すること、もうひとつは島内の掘り起こされてない観光コンテンツを組み合わせることです。SICSっていうのはなにか持ち物ではなくて、この二つを提供するサービス事業であるというところです。
- 西尾
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船旅って、おそらく一番楽しみ方が分からないと思うんです。船の航路が画一的に説明されているページがないので、どの島から何時に船が出るのかを個別に調べないといけないんですよ。島での過ごし方も、例えば直島の美術館を巡るのにどのぐらい時間がかかって、現地での移動手段にはどんなものがあるのかとか。私たちが思っている以上にお客さまには情報が届いていないので、そこをワンストップで説明できる機能を作れるように取り組んでいます。
ただ、SICSを立ち上げてから新型コロナウイルスが感染拡大し、お客さまに対する販促もなかなか打てませんでした。今はまだプロジェクトの認知度が低いと感じています。ですが、SICSのサブタイトルで『さぁ、行こう 新しい瀬戸内の旅へ』と謳っているように、この新しい瀬戸内の旅をお客さまにあまねく広げていくために日夜頑張っているところです。
今、誘客のために着地の観点を持つことがひとつのミッションになっている中、SICSという自主事業をもとに、リモートコンシェルジュのような機能を設置することで、全国のお客様に船旅のご提案させていただいています。行政のニーズを汲んでSICSでできることに挑戦したり、さまざまな観点で通ずるものが高松支店全体にあるというところで、私としては親和性の高い傾注すべき事業かなと考えています。
- 土田
- 観光のプランニングで言うと、お客様それぞれに対してオーダーメイドで瀬戸内での過ごし方をコーディネートしています。「とりあえず、おすすめで」というご依頼で滞在期間のコースを組むこともできますし、ご希望の島があって「こことここの島が行きたい」とか「こういうところを見たい、したい」ということがあれば、それに合わせたプランを組んでいます。既存のパッケージになっているようなプランもあるので、そういうのを組み込むこともできます。
SICSが実現するまでに苦労したことは?
― コロナ禍もあり、大変だったことがたくさんあると思います。SICSが実現するまでに苦労したポイントはなんですか?
- 山田
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今でも苦労していることではあるのですが、SICSは完全な自主事業としてスタートしているので、その資金をどうやって調達するかは課題です。最初は特に資金がなかなか得られないのでプロモーションをかけられず、それによって申し込みも伸びづらかったこともありました。
資金については、今、観光庁や環境省などで、観光回復のために地元のプレイヤーがやりたいことを補助する事業があるんです。その補助がなくなっても自走化してくださいね、という前提ではあるのですが。実は我々も今年4件の採択を受けていますし、昨年度も2事業の資金を活用させていただいています。また、JTBの各支店も躍起になっているように、地元のプレイヤーを探すことや、どんなものを作り上げていくかの企画立て、地元との合意形成も大変なところです。ただ、この高松支店においてはSICSのコンセプトがすでにできているので、このネーミングがあるからこそ、共感を得ることも多く、やりやすい状況になっています。
SICSを実現できた成功のポイントは?
― こうしてSICSの立ち上げに成功されていますが、プロジェクトを実現する上での秘訣はなんでしょうか?
- 山田
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SICSはまだまだ道半ばではあるんですけど、支店が取り組んでいることの延長線上として新しい事業ができたのはよかったかなと思っています。
「瀬戸内」は香川県にとって重要なキーワードのひとつですし、その周遊観光ができないという課題感も、おそらく行政より我々どもの方が知っているだろうと。自分たちができることと感じている課題感をプロジェクトとして打ち出しているのが、反響の良さに繋がったのではないかと考えています。交流事業は受け入れ側の気持ちも分からないといけないし、送客する側の気持ちも分からないといけないので、今まさに交流を創造しようとしているJTBの営業担当の発想がないと成り立たない事業だと思っていて。交流事業は、遠くの発想じゃなくて、今やっていることで思うところの延長上にあるんじゃないかなというのは考えていますし、JTBとして大切にしているところですね。
また、今は観光庁の看板商品事業などをいろんな企画を支店で出してるんです。みんな、一から考えようとするんですが、一からやったら、一期一会で事業が終わってしまいかねないですし、短益収入を上げても意味がないと僕は思っているんです。でも、補助が終わった後も資産を残すことに傾注すれば、たとえ、その事業は利益が出なかったとしても、来年度のアクションプランの構想として資産が残りますよね。交流事業はそうした方向に考えを持っていったらいいのかなと。
そのために、支店としてプラットフォームやサブタイトルとなるものを持っておくことが大切なんじゃないか。そうすると、みんなも目指すべきところが分かって、支店としてはきれいに交流事業の観光が回っていくんじゃないかと考えています。
SICSの利用者や関係者からの反響は?
― 実際にSICSを利用したお客様の反応はどうでしたか?
- 山田
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瀬戸芸の春会期中、高級志向なお客様にご家族の旅行として申し込んでいただいたんですけど、その理由が、船の中での接触を家族だけに限定できる「三密回避」が可能なことと、定期船の時間に縛られないからということでした。自分たちの家族だけで船が利用できるので非常に良かったとご意見をいただきました。
今のお客様は8割、9割ぐらいが団体で、そのうちの7割ぐらいが教育旅行ですね。今後はオンラインコンシェルジュなどに傾注して、個人も団体も増やしていきたいです。ヨーロッパのエーゲ海クルーズじゃないですけど、そういったクルーザーを使った船旅の楽しみ方を提案することもできますから、そういった富裕層にもアプローチできればと思っています。一方で、ご家族3世代ぐらいの夏休み貸切旅行を提案することにも可能性を感じますし、いろんなことを今模索している途中です。
― SICS立ち上げによる、関係者やメディアからの反響についても教えてください。
- 山田
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反響に関してはSICS立ち上げ時がもっとも一番反響が大きく、地元ではすべての民放のテレビ局から取材を受けました。東京版でも日経MJに取り上げていただき、それなりに反響はあったのかなと思っています。あとはやっぱり高松市や行政から期待感を一番大きく感じますかね。
また、一般の観光客はチャーター船をまず知らないことが多いので、連携させていただいている船会社からは、我々が彼らの代弁者となって発信をしていくことに期待をされています。そして、瀬戸内国際芸術祭実行委員会からも、今は瀬戸芸のオーバーツーリズムが課題になっているので、チャーター船を使って島旅を分散することに期待をしていただいているかなと思っています。
SICSに活かされているJTBの強み
― JTBだからこそSICSの立ち上げに成功した面があるかと思います。本プロジェクトに活きているJTBの強みはなんですか?
- 山田
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今まで船会社に問い合わせがなかったのが、JTBの販路に乗せることで問い合わせが増えてきているので、その流通は強みですね。それに、この事業ができるのも地元に支店を持っているからこそなのかなと。地元の観光を分かっていないと周遊のアレンジはできないですし、漁協さんや地元とのお付き合いも今までJTB高松支店が築き上げてきた信頼関係のおかげだと思うんですね。そういう意味では、地元支店しかできない強みではあります。
また、今は一時的にクローズしているんですが、観光庁の事業として中央卸市場を活用した観光コンテンツ事業があり、その出口には「JTB BOKUN※」を使っています。JTB BOKUNは体験アクティビティを自社サイトで販売できるオンラインツールです。支店としてはエンドユーザーと接点を持つのが難しいのですが、JTB BOKUNではシステムで予約決済までオンラインでできるので、それも今後うまく活用していきたいですね。
今はオーダーメイドでプランをご提案していますが、今後カセットプランとしてご提案できるものが固まってきたら、JTB BOKUNから一気通貫でお客様に直接精算までやってもらう。SICSの取り組みの中の一つとしてJTB BOKUNを使いたいと思います。
JTB BOKUNの「O」はアキュート・アクセントを付した「O」
関連情報
今後の展望について
― 最後に、今後の展望について教えてください。
- 山田
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今は高松港をメインに島旅を形成しているんですが、この高松港自体が2025年に新体育館というアリーナ付きの大きな体育館ができたり、外資系のホテルや大学の誘致が決まったりと、観光エリアの中心として建設が進んでいるんです。そこでJTBとしても、観光以外の拠点の整備などにタッチできるようなポジショニングを取りたいと思っています。
例えば、島内への自転車の貸出をやってみたり、各島ではなかなか食事できるところがないので島弁当を作って高松港で販売したり、一つの賑わいの創出に関わっていけたらと。そんなところまで1支店として進めることができたら、まさにエリアマネジメントなのかなと思っています。また、2025年の大阪関西万博の頃にはインバウンドが活発化しているでしょうし、海を隔てていくと県境もないので、船で直接、関西から四国に誘客ができます。その窓口として高松港が賑わいの創出起点になり、四国全体の観光の拠点になる。その一端にSICSがポジショニングできれば、我々の会社としてのプレゼンスも非常に高まりますし、四国全体の存在感も高まるかなと考えています。
まとめ
「現場のシーンをイメージして現場の人と話し合って、それで磨き上げていく。それは大切にしたいですし、その感覚は間違いなく、SICSの今働いてる社員にあると思うんですよ」と語る山田さん。同じように課題を感じている方にとってヒントになれば幸いです。