オリンピックやワールドカップなど世界的なスポーツ大会の開催、海外プロスポーツチームの来日など、盛り上がりを見せる日本のスポーツシーン。近年は、インバウンドの回復も相まって、大都市だけでなく地方都市でも、スポーツに関するイベントや取り組みが積極的に行われています。
本記事では、「地域とスポーツの関係性」について日本各地の事例や有識者の意見をもとに紐解いていきます。
INDEX
五感で愉しむ スポーツツーリズム
パリ五輪の開催も目前となり、世界的にも注目されるスポーツツーリズム。本章では、スポーツが地域にもたらす影響や注目の先進事例、推進のポイントなど「スポーツ×地域振興」の最前線についてスポーツ庁参事官の田中一明氏にお話を伺いました。
スポーツを通じて生まれる観光体験
ーまずはスポーツを観光に取り入れることの意義について教えてください。
「スポーツ」と「観光」は、いずれも非常に大きな概念です。たとえば「スポーツ」にはサッカーや野球のような競技種目だけでなく、ダンスや武道、トレッキングなども含まれますし、近年は「祭りもスポーツの一種ではないか」という議論もあります。つまり、スポーツとは「体を動かすこと全般」を指すものだと考えています。
一方の「観光」にも、さまざまな側面があります。土地の文化や自然にふれることはもちろん、食事や買い物をしたり、アニメ作品などの舞台を巡ったり、実に多彩です。
「スポーツ」と「観光」に共通するのは、ともに「五感」に働きかける魅力があること。だからこそ両者は親和性が高く、大きな相乗効果が生まれます。
たとえば、スポーツ庁の「スポーツツーリズムコンテンツ創出事業」の一つでもある青森県・岩木川を舞台にした「岩木川に沿ったニュースタイルのトライアスロン造成・検証事業」の事例では、トレッキングやサイクリング、カヤッキングを通じて青森の自然を巡ることで、その土地の風景や森の香り、風の気配、季節感などをリアルに感じることができます。同時に、車やバスで観光スポットを移動しているだけでは「点」に過ぎなかった土地の魅力を「線」として感じられることで、非常に印象的な体験になる。その結果、「また、この地域に来たい」と考える国内外の旅行者が増えていくはずです。
スポーツを観光に組み込むことで、「移動」を含めた体験そのものが価値になる。その点で、スポーツツーリズムは「コト消費」を象徴する観光の在り方だと思います。北海道から沖縄まで、日本には非常に多様な自然と文化があります。それぞれの地域にあったスポーツツーリズムを、どのように実現していくのか。その点が、非常に重要なポイントだと考えています。
スポーツが育む「シビックプライド」と「ライフパフォーマンス」の向上
ースポーツツーリズムが地域にもたらすポジティブな影響とは、どのようなものでしょうか。
スポーツ庁では、スポーツを活用したまちづくりに取り組もうとする自治体を応援する「スポまち!長官表彰(スポーツ・健康まちづくり優良自治体表彰制度)」を行っています。毎年、多くの自治体の取り組みを間近に見るなかで実感しているのが、スポーツを活用したまちづくりが「シビックプライド」の醸成に貢献しているということです。
たとえば、茨城県の笠間市には、「笠間市スケートボードの聖地プロジェクト」という取り組みがあります。この事例では「ムラサキパークかさま」というスケートパークを活用した地域ブランドの確立や大会・イベント誘致などを実施。同時に、笠間焼や笠間稲荷神社などの地域の観光資源と連携し「スケートボードをした後に、陶芸体験をしよう」という新たな提案も行っています。このような取り組みを継続した結果、「笠間には立派なスケートパークがある」と、胸を張って地元のことを紹介する方が多くなったそうです。オリンピック競技でもあるスケートボードは、世界の共通言語ともいえるスポーツのひとつ。その「聖地」であることが、地域に暮らす人々の自信を育んでいます。
ースポーツをまちづくりに取り入れることで、健康やレジャーの面でもメリットがありそうですね。
そうですね。たとえばスポーツ庁では「オープンスペースの活用等による誰もがアクセスできる場づくり推進事業」を行っています。これは、公園や広場、道路などを使って、ボール遊びやスケートボード、ケンケンパなどを気軽に楽しめる場を作ろうという試み。実際に、三重県の四日市市や千葉県の柏市などで実証実験を行いましたが、子供から大人まで多くの人が「体を動かす」ことの楽しさを知るきっかけとなり、地域の方々の「身体機能」や「ライフパフォーマンス」の向上にもつながりました。
スポーツツーリズムというと、イベントや観光客の誘致による経済効果が注目されることが多いかもしれません。もちろんそれも大切な要素ですが、実は「シビックプライド」や「ライフパフォーマンス」の向上など、経済的には測ることのできない多くのメリットがあります。この点は、スポーツを通じた地域振興と向き合うなかで、強く実感してきたことです。
スポーツツーリズムに地域ならではの付加価値を
ースポーツツーリズムにおける課題と今後の取組について教えて下さい。
全国にはスポーツと地域資源をかけ合わせたまちづくりを推進する「地域スポーツコミッション」が200以上ありますが、その多くが人的資源の不足やノウハウの蓄積の難しさなどに直面しています。そこで、スポーツ庁では、昨年「地域スポーツコミッション協議in金沢」を開催。地域スポーツコミッション同士が横のつながりを作ることで、人材の交流やノウハウの共有が生まれるプラットフォームづくりを目指しています。
また、インバウンドの地方誘客のためには、市場分析を踏まえたマーケティング戦略の立案が欠かせません。スポーツ庁では、明確なビジョンを掲げながら、各地域がスポーツを通じて自走的に発展していけるような仕組みづくりやアドバイスを行っていきたいと考えています。
スポーツツーリズムは、大きな可能性を秘めた分野です。だからこそ、一歩一歩着実に進んでいくことが重要だと考えています。
ケーススタディ:福島県のいわきFCと連携した地域の魅力発信
日本各地では、地域に根差して活動するプロスポーツチームと連携し、地域活性化を図る取り組みが広がっています。JTBいわき店によるプロサッカーチームのいわきFCと福島県と連携した特徴的な事例を紹介します。
POINT 01大人気!相手チームサポーター向けの着地型ツアー
JTBいわき店はいわきFC・福島県と連携し、相手チームのサポーター向けに、いわき市での試合観戦に絡めた着地型の宿泊ツアーを企画。この取り組みは、ホーム(いわき市)での試合観戦の機会を活かし、より多くの来訪者に地域の魅力を知ってもらうことを目的としています。試合観戦・見学ツアーに加え、いわきFCから地域特産品のお土産があるなど、おもてなしを意識した工夫も盛り込まれています。
POINT 02ノーサイド精神が生む地域間交流
本ツアーの募集方法も特徴的です。いわきFCがSNSを通じてツアー情報を発信すると、相手チーム側がリツイートして、相手チームの応援サポーター向けに拡散。これにより、地域としても快く相手チームとサポーターを迎え入れ、地域の魅力を知ってもらい、お互いを称え合うといったノーサイドの精神が醸成されているのではないでしょうか。
POINT 03スポーツと旅行を掛け合わせたさらなる感動体験を!
いわきFCのクラブハウスは日本初の商業施設つきで全国的にも有名です。いわきの温泉や自然、歴史文化と掛け合わせたプランを造成し、本ツアーをブラッシュアップすることで、地域の魅力をさらに発信していきます。
ケーススタディ:名古屋スポーツコミッションが取り組む地域資源を活用したスポーツツーリズム
次に、地域資源を活かし、トップスポーツチーム・行政・事業者・住民など様々な関係者と連携しながら推進を加速化させている「名古屋スポーツコミッション」の活動事例について、紹介します。
POINT 01「スポーツ」を切り札に、地域住民・事業者・社会へインパクトを与える!
「名古屋スポーツコミッション」は、4つの機能(①大会・イベント誘致と開催支援、②スポーツツーリズムの推進、③地域活動の活性化、④事業の創出)を担いながら、官民連携によるハブ機能としてスポーツをフックに様々な事業を展開しています。
トップスポーツチームが多く、大規模大会が開催できる名古屋市の強みを活かし、観戦目的の来訪者消費をきっかけに経済波及効果を増大させ、地域住民や社会にインパクトを与えるようなエコシステムの構築を目指しています。
POINT 02地域資源を活用した「居場所」づくりで幅広い年代の行動変容を促す
POINT 03観光×文化×スポーツの融合による賑わいの創出
観光振興と地方創生の鍵 日本におけるスポーツコミッションの現状と展望
スポーツツーリズムの推進において、スポーツコミッション(以下、SC)の存在は欠かせません。本章では、株式会社JTB総合研究所の山下真輝氏より、SCの現在の状況や課題、今後の展望について解説していきます。
スポーツコミッションとは?
日本におけるSCの必要性が議論されるようになった背景には、3つの要素があります。1つ目は「スポーツと観光の融合」です。スポーツイベントは観光客を呼び込み、地域経済の活性化に寄与するため、スポーツイベントの開催や誘致を行うSCの必要性が高まっています。
2つ目は「地方創生」です。都市部から地方への人口流出が進む中、SCは地域のスポーツ資源を活用し、地域の魅力を発信することで、地方創生に貢献します。
3つ日は「大型スポーツイベントの開催」です。近年、国内で大型スポーツイベント開催の増加に伴い、地域のスポーツイベントの企画・運営能力の向上が求められ、そのためにSCの役割が重要となっています。
地域スポーツコミッションの役割と機能
地域SCは、地域の様々な社会課題をスポーツの力を活用して解決する、「スポーツによるまちづくり」を促進・支援するための組織といえます。
地域SCが担当する役割や活動は地域によって異なりますが、「住民向け活動(インナー事業)」「対交流人口向け活動(アウター事業)」の2つに大別することができます。
2022年に(一社)日本スポーツツーリズム推進機構(JSTA) が取りまとめたデータによると、地域SCの主な活動は高い経済効果が見込める「スポーツ合宿・キャンプの誘致」「既存のスポーツ大会・イベントの誘致」などが上位を占めています。
これらはいわゆる「アウター事業」ということになりますが、一方で「健康づくり事業」「競技者の育成」などの「インナー事業」については、まだ十分な取り組みができていないことが分かります。
地域スポーツコミッションの組織体制について
地域SCの組織体制に目を向けると、約6割が「地方公共団体(自治体)」に事務局を置いており、行政主導で運営している状況がわかります。自治体から独立して活動している団体もありますが、実質的にはほとんどのSCが行政運営、または行政支援のうえ活動しています。
続いて、地域SCの予算をみると、1,000万円未満の団体が54.7%(71団体)を占めており、平均は3,750万円となっています。
最後にSCに勤務する職員の数をみると、4人以下の団体が66.7%(86団体)を占めており、平均は5.6人となっています。
予算や職員数をみると、まだまだ小さい規模で運営されていることがわかりますが、最初のSCが設立されてからまだ10年程度です。今後、SCの設立趣旨や取り組み成果が浸透することで、さらに規模が拡大していくと考えています。
今後の地域スポーツコミッションの展望
地域SCの組織体制の現状を踏まえて、今後は、以下5つのポイントが重要になります。
- 行政との連携の強化
- 財政基盤の拡充
- 人材育成と職員体制の拡充
- 地域特有のスポーツ文化の育成
- 継続的な評価と改善
これらの点を踏まえた上で、地域SCは持続可能な成長を遂げ、地域社会におけるスポーツの発展に寄与することが期待されます。
まとめ
「地域×スポーツ」をテーマに、有識者の見解や取り組み事例をご紹介しました。記事ではダイジェスト版でお届けしましたが、ダウンロードしてお読みいただけるマガジン本編には、ご紹介しきれなかった情報も掲載していますので、ぜひご覧ください。