いよいよ2022年度から新学習指導要領が高校でも本格実施されます。「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」へ変更され、「理数探究」や「日本史探究」など「探究」がつく教科・科目が登場することからもわかる通り、「探究」は改訂の大きなポイントともいえます。現段階で、どのように探究活動を実現すればよいか試行錯誤している学校も少なくありません。
学校プロフィール
追手門学院中・高等学校
1947年開校。中学校は特別選抜、特別進学コースを擁する。高校は、特選SS、Ⅰ類、Ⅱ類、スポーツ、表現コミュニケーションコースがあり、2022年から創造コースを新設する。
- 生徒数
- 中学校196名、高等学校1,053名(2021年7月現在)
- 所在地
- 大阪府茨木市太田東芝町1-1
- ホームページ
- https://www.otemon-jh.ed.jp/
教育理念から学校の教育活動を具体化する
― 探究活動を軸に据えた学校改革の背景を教えてください。
阿部先生
2019年、本校は目指す教育を体現する校舎を新設しました。新校舎の教室は、間仕切りが襖のように取り払えるようになっています。これはクラス合同や教科横断の授業を展開できるようにすることを狙うものです。学校教育の「当たり前」を超えられる校舎を構想したのです。
当時の本校は、大学進学実績も堅調で地域や保護者からの期待も大きくなっていました。とはいえ、目の前の生徒たちとこれからの社会を考えると、どう考えても大学受験をゴールにしてはいられません。安定した学校運営ができている今こそ、新たな教育へと舵を切ろうと考えました。
― 刷新した学校教育の全体像を教えてください。
池谷先生
“自分のために生きてみんなのためにも生きる”という意味である「独立自彊・社会有為」の教育理念のもと、DP(ディプロマ・ポリシー)とCP(カリキュラム・ポリシー)を言語化しました。
- DP
- 基礎知識として多様な知識、教養を育み、経験や人と何かを「創造」する過程を通じて、正しく自己の「価値観」を形成し、他者とともに倫理ある文化、社会を形成する真のリーダーを育成する。
- CP
- 本質的な問いに対する「内省」を通じて、また他者に共感し、他者と「協働」することで、あらゆる「自分」に気づき、自らの価値観で正しく判断できるようになる生徒の育成。
― 学校の教育方針は、どのように決まっていったのですか。
阿部先生
全教員で理想の学校教育について話し合うワークショップを行いました。「何のために学ぶのか」といった本質的な議論を何度も重ねた結果、「進学実績は大切だけれど、そのために教育しているわけではない」ということで目線が合ったんです。そこで、これから社会に出ていく生徒たちにとって大事なのは、「個別型学習」「協働型学習」「プロジェクト型学習(探究学習)」の3つの学び方とその融合であると焦点化されたのです。
3つの学び
学校教育の柱になる教科「探究」を設定
― 御校の教育の中心に据えられた探究活動を、どのように実装させていきましたか。
阿部先生
2020年からは、探究を教科としました。2021年度は専任3名と他教科との兼任3名で探究科のカリキュラムを策定し、その他8人が携わり計14人で授業を行っています。中学1年生から高校3年生まで週2時間実施。教員が探究に集中できる体制を作っているのです。
― 探究の教科目標を教えてください。
池谷先生
本校が育成を掲げている「コンピテンシー」と「スキル」を基に、探究科の「Vision」と「Mission」を作成しました。
- Vision
- 生徒が、自信、レジリエンス(適応する力)を獲得しながら「自己肯定感」を高め、自らの人生をよりよく選択する
- Mission
-
- とりあえずやってみる経験から振り返り、自分自身への感度を高め、自分にしか創造できないことに気づく。
- チームでデザインする経験から、他者との関係性の中で、社会の中で、自分がやりたいことを発見しようとする。
- 自らやりたいことを選択し行動に移す経験から、一歩を踏み出し自己実現しようとする。
探究の授業において特に重視しているのが、生徒の自己肯定感を高めることです。日本全体を見渡しても、私たちが接する生徒たちを見ていても、自己肯定感が低い子どもたちがあまりに多い。自分を尊重できなければ、自身の中から湧き出る興味や課題意識を捉えることができません。つまり、探究活動と自己肯定感の醸成はセットで行うべきなのです。
― 実際に探究をする上で、大事にしていることはどのようなことでしょう。
池谷先生
探究のプロセスの中で、自己を肯定しながら知識やスキルを活用し、自分の人生を設計するための価値観や倫理観を獲得していきます。それを実現するために、5つのマインドセットを提示しています。Design(自分の人生を自ら設計する姿勢)、Reflection(振り返る姿勢)、Inquiry(知ろうとする姿勢)、Vision(未来を考える姿勢)、Empathy(自分だけじゃないと思う姿勢)の頭文字を取って、「DRIVE Mindset(ドライブ マインドセット)」と呼んでいます。
初年次は自身の掘り起こしの期間、体系立てた探究活動を始動
― 具体的な探究活動の内容を教えてください。
― 高校の最初の段階の探究の授業では、課題解決型のプロジェクトは行わないということですよね?
池谷先生
そうです。たしかに、「はじめから課題解決型学習をすればいいじゃないか」という指摘もあります。しかし、生徒たちはこれまでそうした取り組みを経験したことはないんですよね。その状態では、「問いの設定」や「課題の発見」ができず、本質的な探究活動につながりにくいのです。私たちが接している生徒たちも、「課題ってなに? 自分たちに何ができるの?」という子どもたちがほとんどでした。
そんな中で、「社会的な課題の中から問いを設定し解決策を提示しなさい」といった自由度の高い探究を提示されても、生徒たちは困惑します。だから、高校1年生に対しては自分の関心を“掘る作業“を行い、課題を見つけられるようにすることが大事なのです。
― なぜ、「アート」という手法を選んだのでしょうか。
池谷先生
自分の感情や気持ちを言語化することは非常に難しいものです。そうした機会を持ったことのない中高校生であれば、なおのことでしょう。しかし、「今日の感情を写真で表現してみよう」と言語化ではない方法であれば取り組める子が多いのです。言葉にする手前の段階で「アート」を挟むことで、自分の内面への気づきが促され、自身を表現する方法をたくさん獲得することができます。
一方で、知識やロジックが先行してしまいきれいな言葉でまとめようとしてしまう生徒もいます。そうした子はむしろ「アート」にすることが苦手。しかし、最初は手が止まっていても、クラスメイトと対話をする中で、「自分と他者との違い」や「違っているからこそ素晴らしい」ということを実感し、少しずつ自分を掘り下げていくことができるようになります。
― 先生方はどう生徒たちに接するのでしょうか。
池谷先生
生徒の内面から出てきたものであれば、「全て正解」です。私たち教員の役割は、それぞれの生徒からのアウトプットをシンプルに「あなたにしかできない表現だね」と承認していくこと。手が止まってしまった生徒に対しては、一つでもアクションを起こした時に褒めます。褒められることで、自分を表現することの抵抗感が少しずつなくなっていきます。
2クラスを3人の探究科の教員で受けもつようにし、1人が授業をしている時には、もう1人はその姿を見て自身の授業に生かすようにしています。こうすることで、生徒への接し方の目線が合っていくのです。
― 高校の2年生以降は、どのような探究活動に取り組むのでしょうか。
探究旅行については【後編】でご紹介します
探究の授業を通じ、目に見えて変化する生徒たち
― 1年生の活動を経た生徒たちには、どのような変化がありましたか。
阿部先生
「ありのままの自分」を出すことに抵抗感があった生徒が、探究を通じて少しずつ変化していきました。クラスメイトや教員が自身の表現を真剣に受け止めてくれることで、自分の気持ちに向き合うようになり、少しずつアウトプットすることへも自信を持っていくことができるのです。実際に「プレゼンテーションなどが苦手でしたが、克服できました!」と語る生徒も現れています。
― 2年生で「アントレプロジェクト」を経験した生徒たちにはどのような変化がありますか。
池谷先生
「アントレプロジェクト」では、例えば、「ストレスを抱えやすい社会」に着目した生徒がいました。自身が下校中の畑や静かな道に癒しを感じているのに対し、多くの人が日々の暮らしの中にストレスを抱いていると気づいたんです。そして、そのストレスの背景には自然の消失があるのではないかと仮説を立てました。そこで、ストレスの解消につながる開発をしようと研究をスタートさせていました。生徒自身の中からこうした気づきが生まれるのは、1年生のうちに自身の掘り起こしを行ってきたからでしょう。
― 生徒たちの探究活動や成長を独自のWebサイト「O-DRIVE」で発信していますよね。その狙いを教えてください。
池谷先生
探究活動の成果は数値化しにくいものです。そのため、生徒たちの成長する姿を見てもらうことが重要なのではないかと考えて、探究活動を発信するメディアを作りました。全国の先生方は日々生徒たちの成長を見守っていらっしゃいます。しかし、その実態はほとんど学校外に出されることはありませんでした。それに対して、私たちはどんどん外にアウトプットしていったほうがよいと考えています。なぜならば、それにより活動や成長を記録に残すことができ、メディアに登場した生徒達の自己肯定感もグンと高まるからです。また、当メディアを全国の先生方の取り組みの参考にもしてほしいと思っています。
(次号につづく)