「探究を授業から“実社会”へとつなぐ」新しい学びの設計
『未来探究祭2025』で金賞を受賞した昭和学院高等学校 TAコース。
同校では、修学旅行をゼロから作ることで、学びを本格化させたいと考えていました。そこで、修学旅行の事前学習において従来型のレポート中心の取り組みから一歩踏み込み、「地域データを活用して自ら課題を見いだし、解決を考える探究学習」へと舵を切りました。そのための仕組みとして導入したのが未来探究ゼミナールです。このプログラムは、中高生がデータを活用しながら地域探究を行い、その成果を未来探究祭(全国規模の発表イベント)で発表できます。
学校側は当初、データの利活用やプレゼン資料作成などの課題を抱えていましたが、外部伴走者(JTB)の支援を得ることで、生徒が主体的に学びを進められる環境を整えました。特に“データで考える”というこれまでにない学習体験が、教室に新しい空気をもたらしたといいます。
本記事では、未来探究ゼミナールと未来探究祭に取り組んだ昭和学院高等学校の先生方へのインタビューをもとに、生徒に起きた変化、教員が感じた手応え、そして探究を支えるための具体的なポイントをまとめました。
導入時に見えていた課題——「データをどう扱わせるか」
学校が未来探究ゼミナール導入を決めた背景には、「修学旅行をゼロから自分たちで考えさせたい」という明確な狙いがありました。旅行先である北海道の観光データを用いて地域課題を考える取り組みは、まさに“実社会とつながる学び”です。
しかし一方で、導入前には次のような不安がありました。
- 生徒が十分なデータを集められるのか
- データの読み取り方が分からず、議論が浅くならないか
- 教員がどの程度支援すべきか
中でも「データの扱い方をどう教えるか」は大きな壁でした。実際、生徒は「欲しいデータが見つからない」「数字の意味が分からない」という場面にたびたび直面しました。
井村先生・中西先生は、その際に“答えを教える支援”ではなく、“考え方を手渡す支援”を意識したといいます。
たとえば、事故件数が減っていることを示す推移グラフが、目に見えて減っていると主張しづらい時には、生徒に対し回帰直線を引くことや、他との比較や統計的に見ればどうかを考えさせることを促しました。このように、教員の役割は「矛盾を指摘すること」「問いを返すこと」に徹し、生徒の思考が深まる方向へと促していきました。
8コマ目で起こった変化——“主体性の点火”
未来探究ゼミナールは全8コマで構成されるプログラムです。先生方が「変化がはっきり見えた」と口を揃えたのが、探究成果を発表する8コマ目でした。
この頃になると、生徒は次のような行動を取り始めたといいます。
- 仮説の穴に自ら気づき、根拠となるデータを探しにいく
- チーム内で「その話、本当にデータで言える?」という対話が始まる
- 質疑応答を想定し、反論への備えを議論し始める
8コマを終了した後にも、未来探究祭が進むにつれてチームとして1つになり、ファイナル進出できなかったチームも含めて、全体で学びが深まっていきました。
「自分たちの弱点はどこか」を自ら分析し、発表の最後まで改善を続ける姿が見られました。これは、探究学習の本質である「問い直し続ける姿勢」が身に付いた証といえます。
協働が進むチームと進まないチーム——教員が仕掛けた“関わり方のデザイン”
探究が進むにつれ、チーム内の温度差や役割の偏りが課題として浮上しました。
具体的には、以下のような場面が見られたといいます。
- 5人のチームで3人が残って資料作成をしているのに、2人は帰ってしまう
- リーダーだけが重い役割を背負い、疲弊する
- 「どこから手をつければよいか分からない」メンバーが置き去りになる
昭和学院の先生方は、あくまでも生徒主体で活動していく中で、以下のようなアドバイスをしました。
「誰も置き去りにしない」という価値を明示
やる気が高い生徒・低い生徒で分裂しかけたときには、「気持ちは理解するが、仲間を置き去りにしない学びにしよう」と伝えました。リーダーが役割を準備することで、“何もできずに残ってしまう生徒”を生まないようにしてはどうか、と提案しました。
対話の機会を意図して増やす
発表直前には、何度も対話の機会を設け、認識のズレを埋めました。その結果、以前は主体的に発言しなかった生徒も、後半になると“矛盾を指摘する側”に変化する場面も見られました。先生方はこれを「探究ならではの成長」と語ります。
未来探究祭が学びを加速させる理由——外の場が生徒を“当事者”に変える
未来探究祭は、未来探究ゼミナールで制作した成果物をもとに行われる全国規模の発表イベントです。2025年度は全国281エントリーがあり、書類審査、スライド審査、動画審査を通過したチームが2nd・3rd STAGEへと進出しました。 Final STAGEは東京大学伊藤謝恩ホールで開催され、全国の代表チームが集まり、5分間の発表と質疑応答に挑戦します。
昭和学院の生徒にとって、この“外の場”は大きな転換点になりました。
他校生のレベルの高さに刺激を受ける
「自分たちのやり方で本当に戦えるのか?」という危機感が、資料・論理の磨き上げにつながりました。
質疑応答の緊張感で「本気スイッチ」が入る
「どんな質問が来ても答えられるようにしよう」と想定問答を自主的に作り始めました。
当日、会場に立つことで“誇り”と“自信”が生まれる
先生から見ても、発表後の生徒たちの表情には、「やり切った感」がはっきりと表れていました。
また、2nd STAGEで行われる交流では、他校の生徒と混成チームをつくり、協働的に課題に取り組む機会が設けられています。この“越境学習”が、生徒にとって非常に価値の高い時間になったと語ります。
最も伸びた力——論理的思考・表現力・対応力
先生方は、未来探究祭までの取り組みを通して、生徒に特に伸びた力として次の3つを挙げています。
論理的思考(論理整理力)
発表資料を何度もつくり直す過程で、主張・根拠・反証の整理が自然と身についていきました。
表現力(伝わるデザイン)
スライドやポスターが「装飾」から「伝達」へと進化し、視線誘導や強調の使い方が洗練された。
対応力(質疑応答)
「どんな質問が来るか?」
「どう論理破綻なく答えるか?」という思考が、発表準備を通して鍛えられました。
これらは、総じて「探究の本質的な力」であり、通知表では測りにくい力でもあります。先生方は、こうした成長を間近で感じられたことを大きな喜びとして語っています。
教員に残った学び——“教える”から“ともにつくる”へ
中西先生は、「今年の取り組みを通じて、生徒を“生徒扱い”しなくてよいと感じた」と語ります。
対等な関係で議論を行い、答えは提示せずに矛盾を指摘する。
こうした関わり方が生徒の本気を引き出し、同時に探究学習に苦手意識を持っていた教員にとっても探究を楽しむ感覚をもたらしたといいます。
井村先生は、生徒の成長にワクワクし、「毎週の探究の授業が楽しみになった」と語ります。
生徒が次回までにどんな資料を作り、どんな問いを持ち帰ってくるのか。
その予測できない展開が、授業を“創作の場”に変えていきました。
おわりに——
昭和学院の生徒の探究が深まった背景には、データを活用することで思考が具体化したこと、そして外部パートナーとの協働が新しい視点と刺激をもたらしたことの2点が大きく影響していると、考えられます。
データは生徒を思い込みから解放し、仮説検証や問い直しを促す強力な手がかりとなります。また、学校外との連携は探究の質を大きく高めます。
異なる価値観や専門性に触れる経験は、生徒にとっても教員にとっても大きな刺激であり、「学校の外とつながる学び」は探究の質を大きく押し上げます。今後、多くの学校で「探究をどう進めるか」「どこから始めるか」という課題が生まれるはずです。
ぜひ、多くの学校・教職員の皆さまに、データを活用した探究と外部パートナーとの協働にチャレンジしていただければと思います。探究の可能性は、まだまだここから広がっていきます。



