仕事(ワーク)と休暇(バケーション)を組み合わせた「ワーケーション」という働き方が注目を集める中、ワーケーションの受け入れに取り組み、地域活性を図りたいと考える自治体が増えています。
ワーケーション受け入れに積極的な自治体の中には、大規模なワーケーションセンターやサテライトオフィスなどをつくり企業の誘致に取り組んでいるところもあります。しかし、このように大々的な取り組みは、規模や予算の面から難しいとお考えの自治体も多いのではないでしょうか。
そんな中、今あるものを活かし、無理のない範囲でワーケーションの受け入れができないかと動き始めた温泉地があります。それが、栃木県にある板室温泉です。今回は、板室温泉ワーケーション×アウトドアプログラム実行委員会事務局兼、那須塩原市観光局の斉藤喜代美氏に、ワーケーションを受け入れる取り組みを始めたきっかけや、取り組みの方法についてお話を伺いました。
「以前からこういうお客様がいらっしゃった」というひらめきからワーケーション誘致へ
斉藤氏がテレワークやワーケーションという言葉を知ったのは、新型コロナウイルス感染症が流行したあとのことでした。このとき、斉藤氏の頭に浮かんだのは、古くから板室温泉が受け入れてきた湯治客の姿だったそうです。
「板室温泉はもともと、長期滞在される方が多い湯治場です。そして、長期滞在されるお客様の中には、温泉を楽しみつつ旅館のお部屋で書類を作成したり、設計図を描いたりといったお仕事をする方もいらっしゃいました。こういったお客様の姿とワーケーションという言葉が結びつき、それならワーケーションというキーワードで新たなお客様を呼ぶことができるのでは、と思ったのです」(斉藤氏)
ワーケーションという言葉ができる以前から、板室温泉には温泉を楽しみながら旅館で仕事をする人たちが訪れていた。それに気づいた斉藤氏はまず、すでにこういったワーケーション客を受け入れた経験がある旅館に声をかけ、板室温泉全体でワーケーション客を受け入れる準備を始めました。
ここで幸いしたのは、もともと板室温泉は長期滞在客が多かったことです。1週間程度滞在する客も少なくないことから、板室温泉の各旅館には、例えば毎食違った食事を提供できる、内風呂が整備されていて滞在中自由に入浴してリフレッシュできるなど、長期滞在客向けのノウハウが蓄積されていました。長期滞在するケースが多いワーケーション客には、このノウハウが役立つと考えたのです。
また、インフラ面では、ちょうど観光庁の宿泊施設基本的ストレスフリー環境整備事業を利用して各旅館内のWi-Fi環境の整備に取り組んでいたところでした。さらに温泉街全体のWi-Fi環境整備にも取り組み、2020年秋には屋外の通信環境も整う予定です。
長期滞在客をもてなしてきた経験やノウハウがすでに蓄積されていて、仕事をしやすい通信環境も整いつつある。これを活かすことでワーケーションという新しい需要を呼び起こそうというのが、板室温泉の考えです。
個人のワーケーション客をターゲットにすれば、課題も強みに変わる
今まで積み重ねてきた経験を活かしてワーケーションを受け入れようとしている板室温泉ですが、まだまだ不安や課題は多いと斉藤氏は話します。
「板室温泉にはすでにワーケーション客を受け入れてきた旅館がある一方で、このような客をほとんど受け入れたことがないという旅館もあります。受け入れ経験がない旅館からは、ワーケーション客のニーズがわかりにくい、仕事用のテーブルや椅子を用意したほうがいいのだろうかなどの不安や疑問が出ています。
また、受け入れ人数(キャパシティ)についても課題があります。板室温泉では湯治の個人客を中心に受け入れてきました。そのためひとつひとつの旅館の規模は大きくなく、部屋の定員も1~3人程度の小さなものがほとんどです。ワーケーション受け入れの先進地である長野県や和歌山県のように、大人数の受け入れは難しいという課題もあります。」(斉藤氏)
ニーズについての課題は、今後モニターツアーを行うなどして実際のワーケーション客からヒアリングを行い、少しずつ対応していく予定だそうです。
また、キャパシティの課題は必ずしも弱点とは限りません。ワーケーションにはさまざまな形があります。ワーケーションセンターやサテライトオフィス、研修所などを誘致し、企業が大々的に大人数で行うワーケーションもあれば、個人事業主やフリーランス、あるいは会社員が個人で行うワーケーションもあります。
そこで斉藤氏が注目したのが、個人が行うワーケーションです。個人客の受け入れであれば、十分な歴史やノウハウが蓄積されている、これなら自分たちの良さを活かした取り組みができるのではないかと考えたのです。
「板室温泉には、すごくきれいなワークスペースがあるわけではありません。今っぽい、きらびやかさや賑やかさがあるわけでもありません。受け入れ態勢を万全に整えて、あれもしますこれもしますというやり方も難しい。もともとキャパシティもそんなに多くありません。だけど、いい温泉に入ってゆっくりして仕事をしたい個人の方にはとてもいい環境がそろっています。ここをPRし、新しいワークスタイルを提案していければと考えています」(斉藤氏)
実際に板室温泉に滞在しながら仕事をする人たちは個人客がほとんどで、たたみ敷の部屋のちゃぶ台や屋外のテーブルなどで仕事をし、自由に過ごしているといいます。
「3泊の予定でいらっしゃったお客様が『居心地がいいから』と延泊され、最終的には8泊されたケースもありました。また、お客様同士がお風呂場で一緒になったことをきっかけに、億単位の商談がまとまったという話もあります」(斉藤氏)
仕事の合間に心身をリフレッシュ。板室温泉ならではのワークスタイルとは
では、板室温泉らしさとは具体的にどのようなものなのでしょうか。
板室温泉は古くから「下野(しもつけ)の薬湯」と呼ばれる湯治の場所でした。かつては1週間以上滞在する湯治客も多かったのですが、近年では2~3泊程度滞在し、心身ともにリフレッシュして帰っていく現代的なスタイルの湯治を提案し、湯治客を受け入れています。
また、「温泉文化・生活文化・芸術文化を味わう 板室温泉」というコンセプトを掲げ、文化を楽しめる環境づくりも行ってきました。旅館も個性豊かで、ユニークな魅力がある宿ばかりです。
大黒屋
湯宿きくや
「板室温泉は、栃木県内でも2つしかない国民保養温泉地に指定されています。環境省から、泉質はもちろん、自然や文化も優れた場所であるというお墨付きをもらっているわけです。温泉やアートはもちろん、豊かな自然の中でカヌーやネイチャーツアー、シャワークライミング、サイクリングなど、さまざまなアクティビティも楽しめます。トレイルランのコースもあって、仕事前にちょっと走る方もいらっしゃいます」(斉藤氏)
温泉だけではなく、アートに親しみ、自然の中で体を動かして心身ともにリフレッシュする。板室温泉が提供してきた現代湯治のスタイルは、仕事と休暇を同時に楽しむワーケーションとも相性がいい過ごし方といえるでしょう。
今後ずっとワーケーション客を受け入れるのであれば、リラックスして仕事ができる環境を整える必要があります。しかしそうなると、問題になってくるのが予算です。予算は板室温泉にとっても悩みの種のひとつです。しかし、斉藤氏はこう話します。
「お金をたくさんかけて誘致しても、それがずっと続けられるわけではありません。継続的にワーケーションを受け入れ続けていくためには、今あるものを活かして、自然体で取り組んでいくのが一番だと思います。今はWi-Fi環境が整っていればどこでも仕事ができる時代です。ですから、まずはWi-Fi環境を整えて、そこから板室温泉ならではの新しいワークスタイルの提案をしていけるのではと考えています」(斉藤氏)
まとめ
さまざまな形があるワーケーションの中から特に個人客に注目し、自分たちの強みを活かしたワークスタイルを提案していこうとする板室温泉の取り組みは、これからワーケーションを誘致しようという自治体にとっても参考になるのではないでしょうか。
板室温泉のワーケーション誘致の取り組みは始まったばかりです。斉藤氏によると、2020年11月にモニターツアーを行い、参加者のフィードバックを受けて12月から本格的にワーケーションの誘致活動をスタートさせる予定だそうです。お客様に選んでいただけるワーケーションの場所になるためには何をすればいいかは、まだまだ模索の段階にあります。
今回は、そんな板室温泉の企画書を公開いただきました。みなさんの参考となるようダウンロード資料としましたので、ぜひご覧ください。
ホワイトペーパー(お役立ち資料)栃木県 三密回避旅行商品 開発支援事業
板室温泉ワーケーションプログラム ご提案書
この度、素晴らしい自然環境と温泉地特有の文化と歴史を持つ、国民保養温泉地「板室温泉」を拠点に、
那須塩原市、黒磯観光協会、板室温泉旅館組合が連携した「ワーケーションプログラム」をご用意しました。