これまでは、イベントやキャンペーンに頼る観光誘客でしたが、令和2年度からデジタル技術を活用した観光DXの推進により、新たな価値の創出に踏み切ったのが、公益財団法人ながの観光コンベンションビューロー様です。「デジタル技術を積極的に活用し、顧客の趣味嗜好や行動パターンを分析、顧客満足度の向上によるリピーター増加に向けた仕組みを作る」とし、来訪者と直接つながり、趣向にあわせたコンテンツを、適切な時間、場所、コト、ヒトに届け、再来訪の意欲を高める取り組みを始めました。7年に一度の善光寺御開帳という絶好の機会に向けて実施された取り組みから、観光を軸とした地方創生のヒントを探ります。
©善光寺
団体紹介
- 団体名
- 公益財団法人ながの観光コンベンションビューロー
- 企業サイト
- https://www.nagano-cvb.or.jp/
- 所在地
- 長野市新田町1485-1 長野市もんぜんぷら座4F
- 役職員
- 23人
長野市の産業、自然、文化、歴史などの資源及び長野冬季オリンピックの有形無形の財産を活用し、コンベンション(イベント、各種大会、見本市等)の企画、誘致及び支援並びに観光の振興をはかり、長野市の産業経済の活性化及び文化の向上、国際相互理解の増進に寄与することを目的として設立された。
取材に応じてくださった方
持続可能な観光施策を根底から考え直すところからスタート
今回お話を伺ったのは、ながの観光コンベンションビューロー観光部に所属し、DX推進プロジェクトの立ち上げから関わった中澤拓也氏。来訪客の趣味嗜好や行動パターンを分析し、「来訪者満足度の向上によるリピーター増加に向けた仕組みを作ること」を目標に掲げたDX推進プロジェクトが立ち上がったきっかけや、来訪者の趣向にあわせたコンテンツの考案、再来訪の意欲を高めるための取り組みについて伺いました。
― DX推進プロジェクトが立ち上がったのはいつごろだったのでしょうか?
- 中澤氏
-
プロジェクト自体が立ち上がったのは令和2年度の半ばです。7年に一度の善光寺御開帳の年である令和3年度は多くの方が長野市に訪れるので通常期では集まらないデータを収集できることもあり、お客様への情報発信の方法を見直すために、まずは長野市公式観光サイトである「ながの観光net」のリニューアルを進めました。
Webサイトのリニューアルを軸に、スタンプラリーや観光マップにデジタル技術を取り入れるなど、デジタル施策に取り組みながら進める中、新型コロナウイルス感染拡大の影響で御開帳の1年延期が決まり、さらに1年、御開帳に向けた準備ができることになりました。イベントという一過性のものではなく、どんな状況でも持続可能な観光施策を根底から考え直していったのが、DX推進プロジェクトのスタートでした。
― 「ながの観光net」リニューアルの際にこだわった点を教えてください。
- 中澤氏
-
長野市のイメージといえば、やはり善光寺です。若い層のお客様に来ていただくためには善光寺だけではない長野市の魅力を発信する必要があると考えました。例えば、戸隠エリアの澄んだ空気や美しい自然、新鮮で美味しい野菜や果物がスーパーでも買えること、名産品のひとつであるりんごの中でも霜降り状に蜜の入った「霜降りりんご」の美味しさなど、あまり知られていない長野市の良いところをわかりやすく伝えるためにはどうすればいいのか。トップページをひと目見ただけで長野市の今、旬がわかるデザインに変更し、「戸隠」「松代」「善光寺」エリアに分けて紹介していた観光スポットのページに、各エリアへの来訪をセールスできるエリアの特徴を掲載した「エリア紹介」のページを設けました。
また、SNSを立ち上げてはいたものの活用できていなかったので、Instagramにアップした写真が連動してWebサイトに反映される仕組みを作るなど、SNSとの連携にも力を入れています。
さらに、「これはどこなんだろう」と思っていただけるような長野市の美しい景色の写真をデザインした観光ポスターを作成し、撮影場所に行くためのマップや撮影時期、時間などをWebサイトに掲載しました。撮影場所に同じ時期の同じ時間に行くことによって同じような写真が撮れる。「ぜひ、写真を撮りに長野に来てください」というメッセージを込めたコンテンツです。
― ながの市観光周遊アプリの開発についてはいかがですか?
- 中澤氏
アプリの開発は令和2年度にスタートしました。ダウンロードしていただくという課題はあるものの、アプリだとGPSを使ったお客様の行動データが取れるということで採用しました。令和3年度には参加店舗で買い物をするとポイントがたまるスタンプラリーを開催して、現在では観光モデルルートを紹介するアプリとして公開中です。善光寺のご利益を余すことなく受けていいただく「ご利益満々コース」や「善光寺表参道名物食べ歩きコース」など、お客様が楽しめるようなコースを考えました。コースを回っていただくことによって、どこにどのようなお客様が訪問したのかを知ることができるんです。
来訪者のニーズを「見える化」するデータ収集の枠組みを作成
― 現在はWebサイトやアプリを使ったデータ収集を始めて蓄積している段階かと思いますが、具体的にはどのようにデータを収集されているのでしょうか?
- 中澤氏
-
これまでも東京や横浜、埼玉などの主要都市で「善光寺御開帳」をPRする観光キャンペーンを何度か行っていて、同時にアンケート調査を行っていました。しかし、単発のアンケート調査では、長野に来てくださる方の年代はわかりますが、実施している場所が最適地かどうかは推測の域を出ません。そこで、まずは令和3年度の1年をかけて、来てくださるお客様がどのような人なのか、どんなものが喜ばれるのか、来訪者のニーズを「見える化」するデータ収集の枠組みを作りました。
前回の善光寺御開帳の際の来訪者は約707万人ですが、私たちとしては、令和4年以降の御開帳にも訪れていただきたいので、親から子、子から孫へと継続して訪れていただける思い出の地に長野市がなれるチャンスを増やすために、取得したデータを利活用していきたいと考えています。
― Webサイトの動画ギャラリーでも公開されている「AROUND善光寺」では、善光寺の宿坊住職の方を紹介されていますが、みなさんとても個性的ですね。
- 中澤氏
善光寺には39の宿坊があるので、住職の方、一人ひとりに話を聞いていきます。長野が好きな方ばかりなので、この方たちがお迎えをしますよ、会えますよということが一つのコンテンツになるのではないかなと思ったんです。ランニングが好きなご住職であれば、長野マラソンに参加した翌朝、回復できるリカバリーランニングを住職と一緒に善光寺の近くを楽しめる。動画には境内を上から見ながら走れる絶景のコースもご紹介しています。全39の宿坊を紹介していく予定なので、ぜひ楽しみにしていてください。
善光寺の39の宿坊住職に取材した「ALOUND善光寺」
― DXを推進していく中で大変なことはありましたか?
- 中澤氏
一番苦労したのは、お客様のデータを取る際にかかる予算を通すための交渉です。これからデータを取得するわけですから、どのくらいの価値を持つデータなのかが想像できないとなかなか予算は下りません。手を変え品を変え、何度も部内プレゼンを重ねました。まず、これまでに行ったアンケート調査にかかった費用を一覧にして、前回の御開帳のときの収集データも活用するために必要だと説明して、なんとか理解を得ました。
― DX推進プロジェクトの一環として、デジタルマップを導入したきっかけについて教えてください。
- 中澤氏
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紙のマップは色々見どころがひと目で分かりお客様に楽しんでいただきやすい反面、自身が今どこにいるのか、どの方向に歩くと正解なのかがわからないという課題がありました。JTBさんからイラストデジタルマップよりも、紙のガイドブックとデジタルのいいとこどりができるデジタルマップのご提案をいただいて導入を進めました。JTBさんのstrolyというものを使うとデジタルとアナログのいいとこどりができると考え、またユーザーの動向もある程度把握もできるのでデジタル化の第一歩としてはトライしてみる価値はありそうと考えました。
デジタルスタンプラリーではGoogle Mapを使うのですが、目的地までの行き方はわかるものの、次にどこに立ち寄ればいいのかの案内ができません。これまで作成していた紙のパンフレットには、「横道にそれると面白いところがある」といった散策する楽しみを散りばめられる良さがありました。反対に、紙のガイドブックでは今、自分がいる場所はわからない。両方を可能にするのが、GPSと連動したイラストの地図で自分の位置がわかる上に近くのおすすめスポットも紹介できるデジタルマップです。
― デジタルマップとはまた別に導入したのが、ながの観光DMP(地域共創基盤)なんですね。
- 中澤氏
-
はい。長野市が今後、長期的にどうしていくか、戦略を立てる上でデータを蓄積して将来的に活用できるようにするために、まずは枠組みを作っている段階です。
学会や大会などのコンベンションでは年間11万人の方が長野に訪れます。仕事として訪れた方が、「次は家族旅行で来たい」と思っていただけるようなコンテンツも提供したい。そこでコンベンション会場では、食と趣味に訴えかけるようなPR映像を流して長野市の良いところをアピールしています。そのために、ながの観光DMP(地域共創基盤)でアンケートを取り、食や趣味に関するデータを集められたら、スキーが趣味の方には長野市にあるスキー場、マラソンが趣味の方には長野マラソンの情報提供ができる。自転車、バイク、サーフィンなど、趣味のデータからニーズに合った情報発信ができたらと思っています。 またスキーが好きな人は夏に何をやっているのか?こんなところが見えてくると、これまでとは違ったPR活動が出来てくると思っています。
― 収集したデータの活用方法を教えてください。
- 中澤氏
長野市が好きな人なら誰でも入会できる「ながのファンクラブ」では、メールアドレスを登録していただくので、メールマガジンの配信などを通じてお客様とのつながりを持つことが可能です。お客様を興味別にカテゴライズして、メールマガジンを発行する際には一番大きな母数をターゲットに記事の内容を作成するといったことからトライしたいと思っています。
また、長野駅には観光案内所があり、現在はDX化は進んでいませんが、長野市について知りたい=需要のあるお客様が訪れる場所なので、その需要に応えることにより、訴求力の高いコンテンツが作れるのではないかと思っています。また、観光案内所に訪れるお客様一人ひとりの滞在時間の短縮にデジタル技術を活用して、時間を無駄にせずに経済活動に変えていただきたい。よくある質問事項のデータを積み上げていき、スタッフが情報を調べる時間を短縮する。もしくは、ニーズの多い観光スポットのツアーを組んで販売すれば、時間を効率的に使えるのではないかと思います。
収集したデータを育てながらよりよい使い道を探る
― 長野市がDX推進をリードしているような形ですが、今後は長野市のやり方が長野県や他の市町村に広がっていくのでしょうか?
- 中澤氏
長野県内で統一プラットフォームや目指すべき場所があったらそれに乗りたかったのですが、当時の状況では独自でやるしかありませんでした。まだまだ遅れているとはいえ、コロナ禍でDX化は大きく進んでいます。長野県、さらには日本全体で同じプラットフォームを使うようになればお客様にとっては一番いいことだと思うので、形にはこだわり過ぎずにDX化を進めていきたいです。今後、個人情報の取得はどんどん難しくなると思います。先にスタートしたという点では、お客様とのタッチポイントをいつでも作れるようにできるのかなと。どんな時代になってもお客様とつながりながら満足度を高めて多くの長野市ファンを作れたらと思っています。
ながの観光コンベンションビューローのDX推進プロジェクトの皆さま
― DX推進プロジェクトを1年取り組んで見えてきた課題、中長期の展望について教えてください。
- 中澤氏
よちよち歩きながらデータ収集を始め、ようやく形が見えてきました。昨年度までのDXプロジェクトはデジタルマップの制作、ユニバーサルツーリズムの環境整備など、それぞれ個別で対応してきましたが、今年度はチームになって分析していきたいと思っています。調査結果はその都度見える化できるので、結果を活かして別の施策を提案し、トライをしていく。これまで桜の開花情報を出し続けることが効果的なのかという検証は行われていなかったのですが、Webサイトのリニューアルとともに毎月のアクセス数を検証したら、開花情報を発信し始めた途端にアクセスランキングがグンと上がったんです。SNSの投稿でお客様からの反応が高かったのも、景色よりも花でした。花の情報が注目を集めることがわかったら、次は旅の予定を立てられるような仕掛けができますよね。例えば、桜を見ながら食べるお団子が美味しいお店トップ3という情報を出したらどのくらいの人がアクセスして来店につながるか、試しながら収集したデータを育ててどのようなことに使えるかを探っていけたらと考えています。
まとめ
今回は、ながの観光コンベンションビューロー様の観光DX推進プロジェクトの取り組みをご紹介しました。コロナ禍によってDX化が一気に進んだのと同時に、多くの観光客を呼び込みたい観光地の状況は激変しました。デジタル技術を活用した観光DXの推進は急務となっています。いち早くDX推進に取り組み、あらゆる場面に柔軟にデジタル技術を取り入れた施策を行う長野市の取り組みがひとつのロールモデルとして、今後も注目を集めそうです。未曾有の環境変化に対応しながら、どんな時代でも持続可能な観光施策を構築するためにも、デジタルを活用した観光戦略を検討してみてはいかがでしょうか。