日本三名泉の一つである岐阜県下呂温泉は2011年の東日本大震災の影響で宿泊客が一旦は激減したものの、その後V字回復を成し遂げました。その鍵となったのが、震災後からこれまでも続いているDX(デジタル・トランスフォーメーション)の取り組みです。行政・民間・地域社会が一体となり、デジタル活用で集約したデータに基づき実施したさまざまなマーケティング施策、プロモーション施策がありました。以下では、下呂温泉の事例を取り上げ、「体験型アクティビティのWeb予約・販売」や「クーポンの電子化」などアフターコロナを見据えた観光マーケティングのヒントをご紹介いたします。
データ連携からスタートした下呂温泉の観光マーケティング
2011年の東日本大震災は下呂温泉の観光産業にも大きな影響を与え、その年の宿泊客数は激減しました。そこで下呂温泉旅館協同組合、下呂温泉観光協会、下呂商工会、各地域の観光協会など7団体から構成される「誘致宣伝委員会」が設立され、各組織が管理するデータを集約し、会議を重ねて年間プロモーション計画が策定されました。
構成団体の一つである「下呂温泉観光協会」は現在、観光地域づくり法人「下呂市DMO」として活動しています。観光地域づくりには、明確なプロモーション戦略とそれを裏付けるためのデータが不可欠ですが、下呂市DMOは下呂市が行う宿泊調査にて毎月、国・地域・性別・交通手段・予約方法などの項目ごとに統計を取っています。
各種データ等の継続的な収集・分析
収集するデータ | 収集の目的 | 収集方法 |
---|---|---|
Webサイトのアクセス状況 | 地域に対する顧客の関心度や施策の効果等を把握するため | Googleアナリティクスを活用して実施 |
観光入込客数 | 区域内来訪者数把握のため 観光誘客促進のため |
岐阜県観光入込客統計調査 |
延べ宿泊者数 | 延べ宿泊者数 | 下呂温泉宿泊調査他 |
旅行消費額 | 経済効果測定のため | 観光・宿泊施設での留置調査 |
来訪者満足度 | 評価把握による継続的来訪のため | 観光・宿泊施設での留置調査 |
リピーター率 | 評価把握による継続的来訪のため | 観光・宿泊施設での留置調査 |
下呂市が観光マーケティングとして実施している具体的な施策には以下のようなものがあります。
- AIが宿泊客をガイドしながらデータを蓄積する自動応答サービスの導入
- 着地型体験プログラムの開発とWeb予約システムの構築
- クーポンの電子化で来訪者の顧客情報を取得
以下、それぞれの施策内容に注目してみましょう。
マーケティング施策01 AIを活用した自動応答サービスの導入
下呂温泉では多くの宿泊施設が、AIを活用した自動応答サービスを導入しています。こちらは宿泊客が宿泊施設のフロントに問い合わせるかわりに、パソコンやスマートフォンを使ってチャットで質問すれば、AIが24時間いつでも自動で返答するものです。
宿泊施設のWebサイト内にバナーを設置したり、客室の目に入りやすい場所にQRコードを設置。宿泊客にこのアプリの使用を促すことにより、フロントが問い合わせ対応に割いていた時間を削減でき、サービスレベルの向上につなげることができました。このように、宿泊客への案内にAIを活用すれば多言語に対応できるだけでなく、問い合わせ内容をデータベースに蓄積し、宿泊客のニーズを把握することにも役立ちます。
マーケティング施策02 体験プログラムの開発とWeb予約システムの構築
下呂市DMO(当時:下呂温泉観光協会)は、2016年に着地型観光環境整備として学生を活用した地域活性化、旅行商品開発事業に着手しました。2017年には下呂・中津川広域観光振興協議会における提携を開始。訪日外国人をターゲットに下呂温泉を中心にした広域な体験プログラムを開発しました。さらにWebによるプロモーションやアフィリエイトなどの手段を通じて、下呂市・中津川市のそれぞれの資源を活用し、双方に集客・収益貢献ができる仕組みを構築してきました。
ほぼ同時期には、こうした着地型旅行商品の予約促進のために宿泊施設との連携をスタート。宿泊施設側に着地型体験プログラムの魅力を詳しく知ってもらうために、観光事業者とのコミュニケーションの場が設けられ、既存商品や新しく開発された商品について詳しい説明が行われました。その結果、Webでの予約だけでなく、宿泊施設側から宿泊客に対して直接周遊の提案をしたり、宿泊に体験プログラムをセットにして販売したりするなどの実績につながったといいます。さらに、宿泊客のニーズを考慮し、前日まで体験プログラムの予約が可能な事業者を増やすことも販売促進につながったとのことです。
目玉施策は宿泊体験型エコツーリズム(E-DMO)
こうした地元ならではの資源を生かして観光を成立させる試みはエコツーリズムとよばれますが、下呂温泉では下呂市DMOが主体となって、それぞれの地域と連携・協力を図り、地域を一本化させた「E-DMO」が特徴です。
エコツーリズムの定義とは
下呂市には下呂温泉がある「下呂エリア」を取り巻く形で「小坂エリア」「萩原エリア」「馬瀬エリア」「金山エリア」が広がっています。そして、それぞれのエリアには特有の自然、文化、歴史があり、下呂温泉への来訪者は、そこを起点にして周辺の4つのエリアにも足を運んでいることがデータ収集によって把握できました。
そこで、下呂市DMOはこれらのエリアの観光資源の整備・開発、情報発信を連携させたり、受け入れ態勢に関するガイドラインを作成したりして、エコツーリズムとDMOの活動を結びつけました。この「E-DMO」により、各エリアがバラバラに行ったのでは難しい観光客の滞在時間延長、顧客満足度向上、旅行消費額の増加につなげることができたといいます。
DMOがマーケット調査を行ったうえで、エコツーリズムのフィルターを通して地域資源を掘り起こし、それを商品開発に直結できる点が、E-DMOのメリットです。地域主導で観光客の質や量をコントロールすることは、コロナ後の観光振興にも役に立つ視点ではないでしょうか。
マーケティング施策03 クーポンの電子化で来訪者の顧客情報を取得
2018年に下呂市DMOは、地元グルメ、観光施設、着地型体験商品を紹介したクーポンつきガイドブック「よりみち下呂」を制作。広告収入を得ながら、エリア内の消費を喚起する工夫を行いました。さらに2019年にはクーポンを電子化し、利用状況を追跡調査することで、顧客情報を取得できる仕組みを構築しています。
2021年3月にはDX化はさらに加速し、下呂市DMOは観光情報アプリ「下呂温泉郷公式アプリ」をリリース。アプリ加盟店舗で買い物をするとポイントが貯まるだけでなく、下呂市内全体の観光情報も入手することができる取り組みをスタートさせました。今後はアプリ経由で防災情報の提供を行ったり、クーポンやデリバリー・テイクアウトなどの機能も追加する予定です。さらなる充実を図ることで登録数の増加を目指します。
こうしたデジタルマーケティングでは、顧客の多岐にわたる膨大なニーズをデータに基づいて把握可能なため、条件に応じて販売料金の最適化を行い、さまざまなターゲットにアプローチできることがメリットと言えます。
まとめ
DX時代はデータ連携・活用で観光振興を
下呂温泉の事例からDX時代の観光マーケティングでは、データ収集は現状把握をするだけではなく、施策の効果を検証するためにも不可欠であることがおわかりいただけたかと思います。コロナ後を見据えた観光マーケティングにおいては、データ活用によりPDCAサイクルを回し、観光サービスのクオリティを絶えず高めていかなければ優位性を保つことは難しい状況です。
下呂市では、デジタルマーケティングをさらに進化させ、多様化するニーズや環境の変化にスピード感をもって対応することで、地域全体を発展させ、新しいビジネスや価値を創出していきます。二次交通としてGPS機能つきのレンタサイクルも導入。こうした二次交通の整備は運賃収入だけでなく、商業施設の送客につながり非運賃収入も増加します。皆さまも、移動とサービスを掛け合わせ、新しいビジネス、新しい価値を創出する施策を検討してみてはいかがでしょうか。
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