近年、訪日外国人旅行者の増加に伴い、日本の観光地は活気づいています。一方で、観光客が急増することで、一部の地域では観光公害とも呼ばれる「オーバーツーリズム」が問題になっています。オーバーツーリズムとは無縁だと思われている地域でも、増え続ける訪日外国人旅行者が分散化されることで、影響を受ける可能性を秘めています。今や、オーバーツーリズムはどの地域でも起こり得ます。
この記事では、オーバーツーリズムが起こる原因や対策不足によって起こる事態を紹介します。さらに、オーバーツーリズム対策のメリットや具体的な対策方法、事例も紹介するのでぜひご覧ください。

対策を行うべきオーバーツーリズムとは?
オーバーツーリズムは、一部の観光地を訪れる外国人旅行者が増加し、地域住民に過度の負担を掛けたり、自然環境や景観に悪影響を及ぼしたりする状況のことです。インバウンド観光は、日本経済を活性化させるうえでは重要ですが、オーバーツーリズムに関する課題が山積しており、解決に向けた対策が急務となっています。
対策が求められるオーバーツーリズムの現状
オーバーツーリズムは日本だけではなく、世界各地で対策が求められている問題です。まずは、オーバーツーリズムの現状とどのような対策を行っているのかを紹介します。

世界の現状
イタリアのヴェネツィア市では民泊が地域住民の生活に影響を及ぼす大きな問題となっています。観光客が多くなりすぎた結果、地域住民向けの店舗が観光客向けの土産店に変わり、地域住民の居住環境は悪化し続けています。その一方、家賃は急騰し、地域住民はヴェネツィア市に住み続けることが困難になってしまいました。この結果、空き家は民泊に転換されるようになりました。このような過度な観光地化に対して、住民によるデモ活動が展開されるに至っています。
上記の状況を受けて、ヴェネツィア市では、オーバーツーリズムによるインフラへの負担を減らすため、日帰り観光客からの入場料の徴収、大型クルーズ船の入港制限などの対策を講じています。スペインのバルセロナでは、観光客の増加でゴミ問題や騒音が深刻化していました。そこで、短期賃貸サービスの規制を厳しくし、宿泊税を引き上げるなどの対策を講じています。
日本の現状
山梨県や静岡県では、富士山の登山客や観光客の混雑、マナー違反、ゴミ問題に悩まされていました。現在は、登山の予約制度や通行料の徴収などの対策を講じています。また、京都府では公共交通機関の混雑や観光客のマナー違反に悩まされていました。現在は、エリアごとの混雑状況を可視化したり、観光地や往来でのマナーを紹介したりする対策を講じています。
日本では、国が関係府省庁を通じてオーバーツーリズム対策としての指針を示しています。2025年にはオーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けて「オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業」を実施しています。
観光客の集中による過密やマナーの問題に対応するとともに、地方への観光分散を図り、地域住民との連携による観光振興を進めています。
参考:オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ|国土交通省 観光庁
オーバーツーリズムが起こる原因
オーバーツーリズムは、主に以下のようなことが原因で起こります。

01観光市場の拡大
観光業における市場規模そのものが拡大しているため、訪日外国人旅行者も増加しています。観光市場が拡大している要因の一つとして、世界中の中間層人口が増加し、東南アジアが急成長していることが挙げられます。成長市場に数えられる観光業は、新興国を中心に中間層の人口が増加傾向にあり、国際市場が拡大しています。東南アジアやインドなどの経済成長に相関して、今後も世界の旅行者数は増加し続けると予測されています。
加えて、71の国と地域において短期滞在ビザが免除されていることも、訪日外国人旅行者の増加の要因となっています。
02SNSの普及
SNSが普及したことで、誰もが観光地の魅力を伝えられるようになりました。これまで知られていなかったスポットが、SNSで注目を浴びて人気スポットになるケースも増えています。
03為替の影響
急激な円安の影響で、訪日外国人旅行者にとって日本への旅行は安く感じられるようになりました。お土産などの売れ行きが良いため、日本経済にとってはメリットとなっている一面もあります。
04移動手段の多様化
かつては高額だった海外旅行が、格安航空会社(LCC)の台頭によって手が届きやすいものになりました。LCCは短距離路線に強いため、日本とアジア諸国とを結ぶ路線が多く、アジア圏からの観光客も増えています。
05観光客対策の遅れ
オーバーツーリズム対策は、政府や自治体単位で急速に行われていますが、対応が遅れている地域も一部あります。地域によっては、観光地・観光産業における人材不足、キャッシュレス決済の未設置、多言語対応の遅れなどの課題があります。
オーバーツーリズム対策を行わないとどうなる?
オーバーツーリズムはどの地域にも起こり得る問題です。もし、対策を行わない場合は、以下のような影響を及ぼします。

地域住民の生活に支障をきたす
観光客が過度に集中すると、公共交通機関の混雑や渋滞で地域住民の生活にも大きな影響を及ぼします。また、地域住民の居住空間に観光客が入り込んで写真を撮ったりすることで、地域住民のプライバシー侵害になっているケースもあります。
地域からの人口流出に繋がる
観光客の増加に伴い、地域にはお土産施設など、観光客向けの施設が増加します。その結果、地域住民向けの行政サービスが低下する恐れがあります。また、物価や土地の高騰などにより、暮らしにくさを感じた住民が地域を離れ、人口流出に繋がることも考えられます。
街の景観が損なわれる
テロ対策やカラス被害を考慮して、日本ではゴミ箱を設置していないケースがあります。訪日外国人旅行者は街中にゴミ箱があることが当たり前になっているため、ゴミ箱がないとポイ捨てすることがあるようです。ポイ捨てされたゴミが散乱することで、街の景観が損なわれているケースもあります。
マナー違反によってトラブルが生じる
大きな声を出す、街を歩く女性にしつこく絡むなど、酔っ払った観光客によるマナー違反も問題視されています。立ち入り禁止区域、私有地、線路や道端での写真撮影などのマナー違反で、自治体へ苦情が寄せられているケースもあるようです。
オーバーツーリズム対策に取り組むメリット
オーバーツーリズム対策に取り組めば、以下のようなメリットをもたらします。

地域住民の不満解消
先述したとおり、オーバーツーリズムによって地域住民が不満を抱えているケースがあるため、問題を解消すれば地域住民のストレスも緩和されます。また、問題が解消することで住民の観光に対する理解も深まったり、観光客と地域住民の前向きな交流が増えたりすることも期待できます。
観光客満足度の向上
公共交通機関の混雑が緩和されると時間を有効に使えるようになるため、観光客の満足度向上も期待できます。さらに、大量の人やゴミが原因で、自然や文化遺産の魅力が薄れることもあるので、街の景観が良くなれば観光体験の質も向上します。
持続的な経済効果
観光客の満足度が向上すれば口コミなどが広がり、地域全体の経済活性化が期待できます。雇用が少ない地域でも雇用が生まれることで、間接的な経済活性にもつながります。
持続可能な観光の促進
持続可能な観光とは、地域の自然環境保全、地域住民への配慮、観光業の活性化が満たされている状態です。自然環境や文化遺産の保全が進み、地域全体の環境意識が向上すれば、持続可能な観光地の実現につながります。
オーバーツーリズムの対策方法
オーバーツーリズムの対策にはさまざまな方法があります。ここでは、具体例を交えて紹介します。

01観光客の受け入れ環境を整備する
必要に応じて観光客に対する受け入れ環境の整備や増強を行うことが重要です。具体的には以下のような方法があります。
- 歩道を整備する
- 観光用バスを運行する
- 徒歩移動を推奨する
- トイレや休憩所などを整備する
- ごみ処理や清掃活動を強化する
- 手ぶら観光を推進する
02観光客が分散するように工夫する
特定の場所や時間帯によって観光客が集中するのを避けるには、以下のような方法があります。
- 観光スポットの開館・閉館時間を変更する
- 周辺の未開発地域の魅力をPRして誘導する
- 集中する季節以外の来訪を促す
- 複数の観光ルートを提示する
03デジタル技術を活用する
AIやIoTなどのデジタル技術を活用して、以下のように効果的なアプローチを行う方法もあります。
- AIによる画像解析技術やアプリで混雑状況をリアルタイムで可視化する
- AIが自動で文字起こしを行い、注意事項やマナーを案内する
- スマートゴミ箱を活用し、センサーが反応するとゴミを圧縮する
04多言語やイラストでマナーを啓発する
日本の観光客に向けて設置された看板や注意書きは、日本人以外には伝わりません。多言語の表記やイラスト・ピクトグラムなどを用いて、マナーを啓発することが重要です。また、観光客がマナーを守りたいと思えるような表現にすることも必要になります。
05観光税や宿泊税を導入する
観光客から税を徴収してオーバーツーリズム対策を行う方法もあります。例えば、観光税・宿泊税などを導入して資金を確保し、インフラ整備、文化遺産の保護、地域住民の還元に充てます。
06入場に制限を設ける
観光地の入場に制限を設けることで混雑を緩和する方法です。入場時間、滞在時間、入場者数などに制限を設けることで、持続可能な利用が促進されます。
07地域住民・近隣自治体と協働する
オーバーツーリズムの対策には、自治体・観光事業者・地域住民が一体となって課題に取り組むことも重要です。オーバーツーリズム対策に加えて、地域全体の魅力が向上する、発展につながるなどのメリットもあります。観光のポジティブな影響を見える化することで、地域住民の理解や協力が得られます。
日本国内におけるオーバーツーリズムの対策事例
日本国内におけるオーバーツーリズムの対策事例について、具体的な事例を紹介します。
CASE01予約システム「チケットHUB®」の導入

熊本県阿蘇郡小国町では、人気の観光地「小国町鍋ヶ滝公園」の交通渋滞に課題を抱えていました。そこで、来場者の受け入れ体制整備、観光需要の復活に向けた取り組みとして、JTBの予約システム「チケットHUB®」を導入しました。
「チケットHUB®」は、観光地のチケット販売をデジタル化して観光客の利便性向上と地域の観光DX(デジタルトランスフォーメーション)推進を支援するソリューションです。「チケットHUB®」を導入したことで、渋滞課題解決を実現することができました。
CASE02駐車場予約システム導入

長野県箕輪町の「もみじ湖」は、紅葉の名所として親しまれている一方で、交通渋滞や駐車場不足などのオーバーツーリズムが深刻化していました。そこで、デジタル技術を活用した「駐車場予約システム」を実施・導入しました。
駐車場の予約制導入によって、予約台数が増え、当日来訪のお客様が減ったため、渋滞対策として大きな効果が得られています。また、Webカメラの解析によって、滞在時間が長くなり、他県からの来訪が増えたことが判明し、今後のプロモーションにも活かせるデータが取れました。
CASE03川越市人流測定事業

埼玉県川越市では「川越一番街」への観光客が一極集中しており、インバウンド誘致、オーバーツーリズム、回遊性の向上、観光客の分散化などの課題を抱えていました。観光客における人流のデータ計測や活用が行われていなかったため、施策立案のためのデータが不足していたことも課題となっていました。
JTBの提案で、市内最大のイベントとして有名な川越まつりの前後に人流の変化を測定したところ、観光客の時間帯による回遊導線や訪日外国人旅行者の導線などが可視化できました。測定機器の増設により、取得データを活用したコンテンツ開発が期待されています。
まとめ
日本はもとより、世界各地でオーバーツーリズムが問題となっています。定番の観光地だけではなく、SNSで話題になって観光客が増えるなど、今やどの国・地域にも起こり得る問題です。先述したとおり、オーバーツーリズム対策は、地域住民の不満を解消できるだけではなく、観光客満足度の向上も期待できます。
現状はオーバーツーリズムの課題に悩まされていない場合でも、観光客の増加により問題が深刻化することも想定されます。しかし、オーバーツーリズムは、今後あらゆる地域にとって現実的な課題となり得ます。自地域がどのような影響を受けるか、そして今からどのような備えができるかを考えるために、事例や対策をまとめた資料をご活用ください。