官民一体となって導入が進んでいる新しい働き方「ワーケーション」。実証実験を通じて仕事のパフォーマンス向上や心身ストレスの低減にも効果があることが注目されており、今後の観光振興を考えるうえでも大きな柱になると考えられます。
例えば、農山漁村地域では、滞在中に豊かな地域資源を活用した体験や食事などを楽しむ「農山漁村滞在型旅行=農泊」による関係人口拡大が注目されています。地域の所得向上と活性化を目指した「農泊」の事例として農林水産省発表の「多様な農泊の取組事例集」から、象徴的な3地域の事例を見ていきましょう。
コロナ禍を経て高まる「農泊」ニーズ
東京23区、大阪市、名古屋市の在住者1,000人を対象に行われた調査(2020年6月)によると、コロナの影響下において、60%の人が三密を避け、開放的な農山漁村への旅行を希望している(「ぜひ旅行したい」15%、「どちらかと言えば旅行したい」45%)ことがわかりました。また、その傾向は20・30代で特に顕著でした。
その目的として、約6割が農山漁村を地域の魅力を再発見できる近隣の旅行先(マイクロツーリズム)として考えており、約3割がワーケーション・テレワーク・リモートワーク先として農泊の活用を希望していることも明らかになっています。
また、JTBが実施した調査※では、「農山漁村に行ったことがある」または「行ってみたい」とする人のうち、82.6%が食を楽しみにしており、ほかに楽しみにしている対象として、自然・景観(49.2%)、歴史・文化(47.1%)が挙がりました。
「農泊」を推進するならコロナ禍によりマイクロツーリズムやワーケーションへの関心が高まっているこれからがチャンスと言えます。旅行者の地域内での滞在時間を延ばしつつ、滞在中に食事や体験など地域資源を活用したさまざまな観光コンテンツを提供して消費を促します。地域が得られる利益を最大化するにはどうすればよいのか、3つの事例をご紹介しましょう。
事例01古民家を活用した京都府伊根町の農泊
京都府で二番目に人口の少ない伊根町は、日本三大ブリ漁港の一つにも数えられる漁港です。観光資源には船の収納庫の上に居住を備えた独特の建築物「舟屋」があり、重要伝統的建造物群保存地区にも選定されています。湾に沿って立ち並ぶ舟屋の中には空き家もありましたが、伊根町が主体となって宿泊や食事のための施設を整備し、舟屋を活用した宿泊施設を4軒開業。「暮らすように旅する」をコンセプトに、個人旅行を想定した一棟貸しを始めました。
この地区の観光は、京都府及び北部7市町が連携した「海の京都DMO(観光地域づくり法人)」の地域本部である観光協会が中心的な役割を担い、体験プログラムから旅行商品までを企画し、販売しています。例えば、遊漁船に乗って、地元の漁師しか知らないポイントに連れて行ってもらい五目釣りを楽しめる通好みのプラン(時間は2時間、4時間、8時間)などがあります。
地元観光協会はインバウンド訪問客の観光案内・問い合わせにも対応できるよう宿泊予約システムを構築して管理を行っています。また公式サイトのトップページでは、滞在中のマナーに関して理解を求める呼びかけも忘れません。農泊の場合、多くの宿泊施設は住民の生活の場であり個人の所有物ですので、訪れる人にどのような情報を発信するかも重要なポイントと言えます。
事例02「食」をテーマにした人吉球磨地域(熊本県)の農泊
人吉球磨地域は相良藩700年の歴史と豊かな自然が魅力で、作家の司馬遼太郎に「日本で最も豊かな隠れ里」と称されたエリアです。主な誘客コンテンツには日本棚田百選に選ばれた「松谷棚田」や世界かんがい施設遺産の「幸野溝、百太郎溝水路群」などがあります。
熊本県人吉市ほか4町5村 では、人吉球磨グリーンツーリズム推進協議会が主体となり、地域に住む女性や行政、地元企業が連携することで「食」に重点を置いた農泊を推進しています。目玉は、地元の農産物を用いた郷土料理を農家レストランで提供する「本物のおもてなし」。簡易宿所の営業許可を得ている農家民宿19軒で宿泊を受け入れ、主に個人旅行者が利用しています。
前述の調査では、「農山漁村に行ったことがある」または「行ってみたい」とする人の大多数が「食」に期待していることが明らかになっています。農泊やワーケーションの受け入れを推進するなら、地域の郷土料理を提供できる仕組みも検討してみてはいかがでしょうか。
事例03インバウンド・ワーケーションを意識した北海道阿寒郡の農泊
釧路湿原国立公園を含む美しい景観が魅力の北海道阿寒郡鶴居村は、特別天然記念物に指定されているタンチョウの生息地としても知られています。豊かな自然に加え、酪農が地域産業の特色であり、これらの観光資源を活用したPR活動が展開されてきました。タンチョウのベストシーズンには多くの外国人旅行者が訪れるため、SNSを用いた英語での情報発信やインバウンド対応セミナーの開催など、地域ぐるみの取り組みも活発です。
近年はワーケーション誘致にも力を入れ、鶴居村観光協会の公式サイトで長期滞在型の宿や電源使用OKの飲食店情報などをまとめたデジタルブックを公開しています。ここで提案しているのは、自然を満喫しながら仕事に取り組む鶴居村流のワーケーション。仕事の合間に林道サイクリングや釣り体験を楽しみながら、キャンピングカーで2泊3日を過ごすというアイデアは、屋外でWiFiを使用できる施設を充実させた鶴居村ならではと言えます。
まとめ
宿泊施設・コンテンツ開発・利便性向上をセットで
今回紹介した3つの事例に共通するのは、農山漁村ならではの宿泊、食事、体験・交流をセットで楽しめるような仕組みを作り上げている点です。また、利用者がストレスなくアクセスできるよう利便性を向上させ、地域の人的資源を強化・集中するなどの推進体制を強化する取り組みは、個人旅行者はもちろん、従業員のワーケーションを推進する企業へのアピールにも貢献します。
農山漁村でのワーケーションは、訪れる人にとっても、また受け入れる側にとっても相互にメリットが大きい取り組みです。観光資源の磨き上げに悩む地域もぜひ具体的な戦略を考えてみてはいかがでしょうか。
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