新学習指導要領に示されたカリキュラム・マネジメント。どのような一歩を踏み出していいか、実装へのハードルを感じている先生もいらっしゃるかもしれません。
文部科学省は、カリキュラム・マネジメントとは、「『社会に開かれた教育課程』の理念の実現に向けて、学校教育に関わる様々な取組を、教育課程を中心に据えながら、組織的かつ計画的に実施し、教育活動の質の向上につなげていくこと」と示しています。
カリキュラム・マネジメントは、学校全体が一つにまとまって、より良い授業や行事を実践し、それらを通して子どもたちに豊かな学びを実現していく営みです。では、学校や先生方が取り組んでいく際のポイントはどこにあるのでしょうか。
大阪教育大学大学院 連合教職実践研究科 教授の田村知子氏にJTB中野憲がお話を聞きました。
プロフィール
九州大学大学院人間環境学府博士課程単位取得退学。博士(教育学)。中村学園大学准教授・岐阜大学教職大学院准教授等を経て2018年4月より現職。専門はカリキュラム・マネジメント、教員研修、学校経営。日本カリキュラム学会(理事)、日本教育経営学会、日本教育工学会などに所属。中央教育審議会専門委員、全国的な学力調査に関する専門家会議委員、大阪府教育庁学校教育審議会審議委員、独立行政法人教職員支援機構「中央研修」および「カリキュラム・マネジメント研修」講師ほかを歴任。単著に『カリキュラムマネジメントの理論と実践(日本標準・2022年10月)』などがある。
注:学習指導要領では「カリキュラム・マネジメント」と表記されますが、田村氏はカリキュラムとマネジメントを一体的に捉える意図から「・」のない表記を用いています
国際理解教育・留学の専門企業を経て、株式会社ジェイティービー(現JTB)へ。国際交流推進室長、国際交流センター長、教育事業ソリューションセンター長を歴任後、現職。学校教育全般の高度化への寄与を目的に、教育プログラムやスキーム開発に従事。
カリキュラム・マネジメントとはなにか?
- 中野
- 学習指導要領にも示されているカリキュラム・マネジメントですが、難易度が高く、少し縁遠いもの、というイメージを持っていらっしゃる先生も多いようです。田村先生はさまざまな小中高校の取り組みに関わっていらっしゃいますが、そうした先生にどのようなことを伝えていますか。
- 田村
- 難しさを感じている先生方には、「コロナ禍での学校の動きがまさにカリキュラム・マネジメントですよ」とお伝えしています。新型コロナウイルス感染症の蔓延という外圧があり、従来の活動ができなくなりました。様々な制限がある中で、まずは「現状を把握」し、「これだけは守り抜こう」と学校内で目標を定め、現場の先生方が授業時数の確保や行事の見直し、ICTの活用など工夫を凝らし、乗り切っていかれましたよね。カリキュラム・マネジメントとは、このようにカリキュラムを開発したり修正・更新したりすることを通して学校の教育目標を達成しようという営みのことなのです。
- 中野
- コロナ禍の現場にはたくさんのご苦労があったと思いますが、前年踏襲ができない分、新たなカリキュラムを考え、実行していったはずですよね。ぎりぎりの状態の中で、子どもたちの学びの効果を最大化できる方法を模索したはずです。既に先生方も経験していたということですが、カリキュラム・マネジメントはとても広い概念のため、分かりにくさを感じやすいのではないかと思います。
- 田村
-
「カリキュラム」という言葉も、「マネジメント」という言葉も多義的なのでイメージが掴みにくい側面はあると思います。カリキュラムとは、教育課程、授業や学校行事などの教育活動、学校の組織の在り方、そして子どもたちが日々何を学んでいるのかなども含む概念です。子どもたちの学びを豊かにし、資質・能力を育むという大きな目標に向けた教育の内容・方法・評価等全般がカリキュラムであり、それを開発し、運営することがカリキュラム・マネジメントなのです。
【図1】はカリキュラム・マネジメントの全体像を把握するために開発しました。これ以外にも整理の仕方はありますが、この図は比較的、「わかりやすい」と評価いただいてきました。カリキュラム・マネジメントは複雑な営みですから、この図が、カリキュラム・マネジメントの大まかな構造を捉えるのに役立てば幸いです。「教育目標」の実現に向けて、カリキュラムや各単元・授業でのサイクルを回し、それを支える学校の組織構造や学校文化、さらには家庭・地域社会、教育行政などを関連づけて、カリキュラム・マネジメントを機能化させるようとする考え方が見て取れるでしょう。
【図1】カリキュラム・マネジメントモデル
カリキュラム・マネジメントモデルに関する解説はこちら
カリキュラム・マネジメントをどのように実践するか?
- 中野
- これらのカリキュラム・マネジメントの要素を踏まえた上で、学校としてどのように実践していけばよいのでしょうか。
- 田村
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「カリキュラム・マネジメント」は、教育活動をアップデートすることによって、子どもたちの豊かで深い学びにつながっていかなければ意味がありません。そしてお伝えした通り、多様な要素が関連してきます。
そのためあくまで一例として、カリキュラム・マネジメントの実践のステップを紹介すると、一つ目には「学校で育てたい子ども像、資質・能力の明確化、学校の教育課程全体で子どもを育てる観点」を明確化することが求められます(図の「ア」「ク」に該当)。これがなければ、何を目指してカリキュラム・マネジメントをすべきかわかりません。二つ目に、具体的にどのカリキュラムをどう変更するかを検討します。例えば、「各教科等や学校行事の意義・目的の再確認、形骸化した活動の精査」「学年を超えた系統性を意識」する取り組みの実施、「教科等横断的な指導」などが挙げられます(図の「イ」の評価・改善・計画の機能に該当)。そして、三つ目に「資質・能力を意識した、ストーリーのあるカリキュラムをデザイン」し、実践していきます。授業は「なまもの」ですから、教室での教師と児童生徒の応答から新たな実践が生まれることも多々あります。そのような実践を振り返り、評価しながら、新たなカリキュラム開発へとつなげていくのです。
こうした活動に組織的に取り組み、お互いの実践や知見・悩みなどを出し合い、省察することで、新たな知識や実践が生成されていきます。その結果、教育活動が変わり、子どもの学びも変わっていく。これこそがカリキュラム・マネジメントの意義なのです。
「開発」と「運営」の両輪を回し続ける
- 田村
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カリキュラム・マネジメントは、「開発」と「運営」がセットになってこそ機能します。誰かが定めたカリキュラムを粛々とこなすことがカリキュラム・マネジメントではありませんし、各教科の単元や行事をマッピングした「カリキュラム・マネジメント表(単元配列表)」を作ることがカリキュラム・マネジメントでもありません。
カリキュラム開発といっても、すべてをゼロから作り上げなければいけないという意味ではありません。たしかに中には、「総合的な探究の時間」(「総合的な学習の時間」、以下同)のように土台から構築することが求められるものもあります。しかし、基本的には日々の教育活動や子どもたちとのやり取りの中で創造されていくものだといえます。
- 中野
- 文科省はカリキュラム・マネジメントの三側面として、「①教科等横断的な組み立て、②教育課程の評価・改善、③人的・物的リソースの確保と改善」を挙げています。「②学校教育の効果を常に検証して改善する」の部分に、先ほど田村先生がおっしゃった「開発」と「運営」の両輪が含まれるのでしょうか。
- 田村
- そうです。まず、取り組みの効果や適切さがどうであったかを振り返ることが重要です。そしてそれを踏まえて次の取り組みの工夫や改善につなげていくことがカリキュラム・マネジメントの肝といえます。効果を検証するサイクルとして、PDCAサイクル、OODAループ(Observe=観察、Orient=仮説、方向づけ、Decide=意思決定、Action=実行)などが提唱されてきました。どのサイクルを利用するとしても、コツは、評価や振り返りからスタートすること。PDCAサイクルを用いる際にも「C=チェック」からスタートすることが取り組みやすく効率的です。
カリキュラム・マネジメントができている状態とは?
- 中野
- カリキュラム・マネジメントとは非常に動的なもので、常にダイナミックに動き続けているようなイメージなのでしょうか。
- 田村
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おっしゃる通りです。カリキュラム・マネジメントには連関性と協働性(注)という二つの「つながり」が大切です。連関性とは、教育目標・内容・方法などの「つながり」のあるデザインや指導がなされて、その結果、学習者の中で学びがつながることをめざすことです。そのような教育活動を、先生方が協働性を発揮し、時には生徒や関係者を巻き込んで、人と人の「つながり」の中で、動的に実践を開発し続けているということを指します。
こうした連関性と協働性をもったカリキュラム・マネジメントを行うことで、子どもたちの中で「知の総合化」が生まれていきます。「知の総合化」とは、未知のモノ・コトに出会った際にこれまで培った資質・能力や知識技能を引っ張り出し、組み合わせて課題解決にあたる状態を意味します。
子どもの学びや知の総合化には、「これで完成」という意味でのゴールはありません。そのため、カリキュラム・マネジメントができている状態とは、子どもたちの成長につながるカリキュラムを開発し続けている状態のことを指すといえるのです。目の前の子どもたちに合わせてどのような授業をすればよいかを考え、他教科の先生方や地域の人々なども巻き込みながら最適な教育を考え続ける。こうした教育の営みに「完成形」はないですよね。さらにいうと、子どもも毎年入れ替わりますし、教員チームも変容します。ポジティブに進化し続けるのが、カリキュラム・マネジメントの大前提なのです。
注)「連関性」と「協働性」は中留武昭 九州大学名誉教授がカリキュラムマネジメントの「基軸」と主張しました。
先生の業務負荷軽減につながる効果も
- 中野
- カリキュラム・マネジメントというと管理職の先生だけが関わるのではないかと誤解されがちな側面があると思います。しかし、田村先生のおっしゃる「運営」と「開発」の視点に立てば、日々の授業や行事などのデザインもカリキュラム・マネジメントの一つといえますよね。
- 田村
- もちろんです。管理職の先生はビジョンを示したり目標を実現するための組織体制を整えたりといった学校全体に関わるカリキュラム・マネジメントを担います。しかし、それだけがカリキュラム・マネジメントではありません。子どもの成長を促すには、現場の先生が日々の教育活動で実践していく視点が欠かせないのです。前年踏襲的な授業から、真に子どもの学びにつながる教育を考え抜き、魂のこもった授業や行事へと変えていくことが、現場の先生方に求められるカリキュラム・マネジメントです。
- 中野
- そう考えると、学校の組織としての連関性・協働性がとても重要になる気がします。これまで続けてきたことを組織的かつ俯瞰的に見直し、評価・精査して再生するという、良質な改善を伴う教育活動のダイナミズムこそが、カリキュラム・マネジメントだといえそうです。
- 田村
- カリキュラム・マネジメントの真の目的は、子どもの学びが豊かになることです。そのために、組織的に教育活動を見直して、授業や行事を改善するサイクルを回していきます。時には、「この活動は毎年実施しているけれど、意義や効果は本当にあるのだろうか」といった議論になり、取り組みの精選につながることもあるでしょう。そういった意味で、先生方の業務負荷を軽減することにもつながると考えています。学校全体がイキイキと回っていくために、カリキュラム・マネジメントは有効なのです。
「総合的な探究の時間」と特別活動を起点として
- 中野
- 現場の先生方がカリキュラム・マネジメントへの第一歩を踏み出そうと考えた際に、まずどこから着手すればよいでしょうか。
- 田村
- 一人で取り組む場合は、ご自身の担当教科で「主体的・対話的で深い学び」につながるストーリーのある単元デザインや、複数単元をまたいだ系統的なカリキュラムの見直しをするのがやりやすいでしょう。可能であれば、他教科の先生とコラボ授業を年に1回程度でも企画するのも面白いと思います。
組織的に取り組める場合は、「総合的な探究の時間」や学校行事などの特別活動は、カリキュラム・マネジメントの核となる取り組みなので、ここから着手するのがよいでしょう。特に「総合的な探究の時間」は学習指導要領に「学校の教育目標と連動させて学校ごとに目標を立てること」と示されています。つまり、学校ごとに目標を立ててそれに合わせてカリキュラム開発をすることが求められているのです。さらにいえば、そもそも「総合的な探究の時間」は教科横断的な学びを企図するものですし、地域の状況を踏まえて探究のテーマを決めていくことが多いはず。まさに、カリキュラム・マネジメントの中核となる存在だといえるのです。
- 中野
- 特別活動はなぜ重要なのでしょうか。
- 田村
- 特別活動も「総合的な探究の時間」と同様に自由度が高く、学習指導要領が示す目標・内容を踏まえてではありますが、どのような学校行事を実施するか、あるいは実施しないかを学校ごとに決める裁量幅があります。そして、教科担当に関わらず、ほとんどの先生方が力を合わせて関わる教育活動です。生徒たちが楽しみにしている活動も多くありますし、体験的な活動である分、うまく使えば学びが深まる契機となります。そうした意味で、カリキュラム・マネジメントの対象というよりは、「要」になりうるといっていいでしょう。
子どもの成長観点で現在の取り組みを振り返る
- 中野
- 「総合的な探究の時間」と特別活動はどの学校でも実施している取り組みです。それをカリキュラム・マネジメントの視点で検証するには、まずどのようなことからスタートすればよいのでしょうか。
- 田村
- 「振り返り」から始めるとよいと思います。例えば、コロナ禍で行事の規模を縮小せざるを得なかったかもしれません。最初は暫定的に行っていたことかもしれませんが、振り返りの中で十分な教育的効果を見出せれば、一律にビフォーコロナの時点での行事に戻す必要はないでしょう。
- 中野
- 振り返りを第一歩にするということは重要なキーワードですね。振り返る際の評価指標としては、どういったものを用いればよいのでしょうか。
- 田村
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簡単に言えば、効果性と適切性や実施上のコストなどですが、そこは一律ではなくてよいと思います。評価といっても、その対象はいくつかのレベルにわかれているので、まずはそこを整理してみましょう【図2】。
最小範囲は子どもの学びの様子や成績の伸びなどを検証する「学習評価」。続いて、「授業評価」。「授業評価」は子どもや保護者のアンケートを取ることが多いですが、先生方が同僚性を発揮する授業研究も見方によっては授業評価ともみなせるでしょう。「総合的な探究の時間」や行事そして教育課程全体を見渡した「カリキュラム評価」、教育目標に対して適切な教育課程の編成・実施・評価・改善が行われたかや推進体制構築や文化醸成は行われているかを検討する「カリキュラム・マネジメント評価」、各校が実施するよう法律で定められている「学校評価」といった具合に範囲が広がっていきます。
【図2】カリキュラム・マネジメントに連動する評価の構造
- 中野
- 教科学習以外の領域、例えば、「総合的な探究の時間」や学校行事などはどのように評価をすればよいでしょうか。
- 田村
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前提として、子どもの資質・能力の伸長に寄与していたかどうかの観点で評価してみることが重要です。その際、様々な教育活動・学校行事の前と後とでの子どもの成長を定性、定量の両面から評価していくことが欠かせません。日々の見取りや子どもたちの書いたレポートなどから変化を読み取る先生方の専門性をベースにしながら、ルーブリックや資質・能力を数値化する尺度等によって得られたデータを組み合わせる、子ども自身の自己評価や相互評価、ゲストティーチャーによる評価など、いくつか方法が考えられるでしょう。
カリキュラム・マネジメントの中心にあるのは、あくまで子どもの成長です。どんなカリキュラムを開発するのか、どう取り組んでいくのか、どう振り返るのか、先生方の専門性と創造性を発揮して、是非楽しく実践してほしいと思います。