楽しみながら学ぶ体験を通して知識を身につけていく「Edutainment(エデュテイメント)」が、今、教育業界で注目されています。エデュテイメントとは、教育(education:エデュケーション)と娯楽(entertainment:エンターテイメント)を組み合わせた造語。相反するものだと思われがちな「学び」と「遊び」を組み合わせることで、子どもたちの学習にはどのような変化が生まれるのでしょうか?
子どもたちから人気を集めるゲームソフト 「Minecraft(マインクラフト)」などを活用し、小学校でPBL(Problem Based Learning:問題解決型学習)を実践している正頭英和先生は、これまでにも子どもたちが夢中になるような授業を数多く制作してきました。そんな正頭先生とJTBが共同で開発した学習教材「ことばdeスナイパー」も、エデュテイメントの要素を取り入れています。
2019年には教育界のノーベル賞と言われる「Global Teacher Prize 2019(グローバルティーチャー賞)」のトップ10に選出された正頭先生に、子どもの主体的な学びを引き出すコツと教材開発への思いを伺いました。
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日本の教育技術は、世界と比べても劣っていない
—— 正頭先生はこれまで「Minecraft(マインクラフト)」を活用した英語の授業実践や桃鉄教育版の制作プロデューサーをされるなど、学びと遊びを一体化させた取り組みをされていますね。学校の内外でそのような実践を続ける背景には、どのような思いがあるのでしょうか?
僕自身が純粋に新しい教材や授業を考えるのが好きなんです。難しいお題を与えられると、つい熱くなってしまうんですよね。「子どもたちが前のめりになるような内容であり、さらに社会に出たときに役に立つような学びに繋げるには?」と考える。パズルのピースを合わせるように、授業を構築していくんです。最終的には、自分のつくったメイドインジャパンの教材が世界で通用するのかを試したいと思っています。
根っこにあるのは、日本の教育のレベルの高さを証明したいという気持ちです。日本の教育はダメで海外の教育はすばらしいと言われることが多いように、過去の私も「日本の教育は遅れている」と思っていました。でも、「Global Teacher Prize 2019(グローバル・ティーチャー賞)」のトップ10に選ばれたときに、その考えが大きく変わりました。
同じくトップ10に入った他の国の先生たちの模擬授業を見たとき、「日本の先生方の授業は、全然負けていない」と思ったんです。もちろん、他の9人の中には被災地や紛争地などで授業をしている方もいて、その環境下での取り組みは尊敬に値すべきことです。でも、教育の“技術”という一点に関して見ると、日本の先生の力量は世界と比べても決して劣っていないと感じました。
だから、日本の教育はダメだと言われることに関しては、それはちょっと違うんじゃないかなと。日本の先生方のレベルは低くない。それを証明するための手段の一つが教材開発なんです。
—— 具体的には、どのようなところで日本の先生の能力の高さを感じるのでしょうか。
当たり前になりすぎて自覚していない方が多いのではないかなと思いますが、日本の先生方は一人ひとりの生徒の変化を見る能力に長けています。
3つの欲求を満たすことで、子どもたちの「夢中」をつくる
—— 確かに一人ひとりの変化に注目できるのは、日本の先生の強みですね。さらにどのような視点があると、子どもたちの主体的な学びを引き出すことに繋がるのでしょうか。
学力は、「体験する→感じる→考える→表現する」の4ステップで育まれると思っています。土台となっているのが、最初のステップである「体験する」です。体験を深めるためには、子どもから「作りたい」「調べたい」「試したい」のいずれかの欲求を引き出すことが重要です。
この3つの欲求を満たすような「体験」を増やし、「感じる」きっかけをつくることが、授業においても大切なんです。JTBさんと共同で開発した教材でもそこは意識しています。
—— 今回、開発された学習教材「ことばdeスナイパー」はキャッチコピーづくりを題材にしていますね。子どもの3つの欲求とは、どのように紐づいているのでしょうか?
教材の内容は、企業訪問の事前・事後学習に活用できる授業になっています。事前学習ではキャッチコピーについて知り、インタビューのコツを学びます。その後、実際に企業訪問で働いている方にインタビューをして、事後学習ではその情報を元にキャッチコピーを考える流れになっています。
“知識のメガネ”を渡し、この世界の面白さを伝えたい
—— エンターテイメント性の高い学習にすることで、子どもの「学びたい」という欲求を引き出すわけですね。そもそもキャッチコピーをつくることを題材にしたのは、なぜだったのでしょうか?
僕自身が英語の教師ということもあり、言葉が好きだったことが理由の一つです。もう一つは、学校教育の中に新しい評価軸を入れたいという気持ちがありました。
子どもたちは、たくさん書いたら褒められる教育をこれまで受けてきていますよね。例えば、漢字を10回書いてきなさいという課題が出されたとしたら、10回書いてきた子よりも15回書いてきた子を先生は褒めるんです。たとえ、その2人の漢字テストの点数が同じだったとしても。でも社会に出たら逆で、同じ成果を少ない努力で出せる人が褒められるわけです。同じ結果なら、少ない努力の方が効率がいいですからね。
「15回練習しないといけないところを、どう工夫したら10回で同じ結果を出せるか?」と考えるのは、学校教育の中にはあまりない視点です。短い文章でいかに相手に響く文章を書くかを考えることもこれと同じ。キャッチコピーづくりを題材にすることで、今までとは違った頭の使い方をすることになります。
—— この授業を通して、子どもたちに伝えたいことはなんでしょうか?
「この世は生きるに値する」
これは僕が大好きな言葉です。世の中って、結構面白いことがいっぱいあるんですよ。面白いと思える人と思えない人の違いは、知識の量だと思っています。
例えば、山を見たときに何も感じない人もいれば、木々の美しさを感じたり、「秋なのになんでまだ葉っぱが緑なんだろう?」と考えたりする人もいる。同じ山を見ても、知識の量によって楽しみ方が変わってくるわけです。
授業を通して、子どもたちに新しい“知識のメガネ”を渡す。そのメガネで世界を見ると、きっと今までとは違った景色が見えるはずです。それによって、もっと世の中の面白さに気づいていけると思うんです。
今回開発した教材「ことばdeスナイパー」のメインとなっているのはあくまで企業訪問で、その価値を最大限に高めるために事前学習と事後学習があると思っています。「自由に訪問してきていいよ」と言うだけでは、やっぱり感じられないものがある。インタビューやキャッチコピーづくりという枠をつくることで、言葉や働くことの面白さを感じてほしいと思っています。
きっとこの授業を受けた子どもたちは、街に出てキャッチコピーに出会ったとき、今までとは違う味方、感じ方をするんじゃないかなと。そんな風に、“知識のメガネ”を渡すことで、子どもたちが見る世界を少しでも広げられるといいなと思っています。
教材を使って、それぞれの先生らしさを出してほしい
—— 「ことばdeスナイパー」を授業で活用する先生が、より効果的に教材を使うコツがあれば教えてください。
そもそも、僕は日本の先生方のクリエイティビティはめちゃくちゃ高いと思っているんです。例えば、ここに大根があるとして、それをぶり大根に調理して渡されたら、美味しいか不味いかのジャッジしかできませんよね。ところが素材である大根をそのまま渡されたら、美味しいか不味いかをジャッジする前に、「何を作ろう?」と考えると思うんです。
日本の先生方は素材を使って新たなものを生み出すことが得意なので、できるだけ素材のまま渡したほうがいい、というのが僕の根っこにある考え方なんですね。なので、「ことばdeスナイパー」はもちろんすぐに使えるようなかたちでありつつも、先生たちがアレンジしたいと思ったらできるような教材になっています。
学習教材「ことばdeスナイパー」導入事例の紹介
2023年4月から5月にかけて、岐阜市立藍川北中学校の3年生を対象に「ことばdeスナイパー」の授業が実施されました。事前学習でインタビューのコツを学び、その後、修学旅行で東京へ行った際に企業を訪問。事後学習として、キャッチコピーづくりを行いました。
企業訪問では、企業の方からの説明に対して生徒たちから「おおーっ」という声が聞かれたほか、熱心にメモを取る姿も見られました。インタビューでは事前学習で学んだことを活かし、さまざまな角度から質問をする様子が印象的でした。企業の方のコメントからも、生徒たちの積極的な姿勢が伺えます。
訪問先企業の方のコメント
シナネンホールディングス株式会社 経営企画部 広報チーム 小栗様
- 年間数校の学校を受け入れていますが、生徒さんがここまで弊社に興味を持って、積極的に質問してくれることは珍しく、大変驚きました。キャッチコピーを作るという課題があるからか、こちらの話をとても真剣に聞いてくれました。課題の達成という目的は大きなモチベーションにつながると思います。全ての学校にやってほしいです。
- 生徒さんからは会社の事業や取り組みに関する質問を受けることが多いのですが、今日の生徒さんは、私個人の思いについてまで質問してくれたので「おっ」と思いました。そういうところはさすが事前学習の賜物だと感じました。企業側としてもわかりやすく伝え、しっかりと理解してもらいたいと思い、より一層、説明に力が入りました。