はじめに――改訂の根っこにある一文
2026年8月31日、中央教育審議会の議論を踏まえた次期学習指導要領の「審議まとめ(素案)」が示されました。高等学校は2032年度から順次実施となる見通しです。報道では情報教育の拡充や成績評価の見直しが見出しになりましたが、文書を読み進めると、もっと手前に置かれた言葉が目に入ります。
「『好き』(興味・関心)を育み、『得意』を伸ばす」。これが、「当事者意識を持って、自分の意見を形成し、対話と合意ができる」ことと並んで、次期学習指導要領が目指す教育課程の両輪として掲げられています。
誰もが共感できる理念だと思います。一方で、これを実際の教育課程に置き換えて考えてみると、いくつか気づくことがあります。今の探究は、どこまで生徒自身の「好き」から始まっているでしょうか。本稿では、審議まとめが描く探究の姿を、高校を中心に、小中高のつながりも視野に入れて整理します。

「好きを育み、得意を伸ばす」とは何か
この言葉は、文部科学省の教育課程企画特別部会の論点整理の段階から、「深い学び」の実装を説明する中で使われてきました。ポイントは、得意を伸ばす前に「好きを育む」が置かれていることです。
得意だけを見るなら、成績や実績で判別できます。しかし「好き」は外から測れません。それは生徒の内面から出てくるもので、教員ができるのは、それが表れる場を用意し、見つけ、伸びを支えることだけです。探究がこの理念の中核に位置づけられているのは、そのためです。
「好きを育み、得意を伸ばす」と対になるのが、「当事者意識を持って意見を形成し、対話と合意ができる」力です。この二つは別々のものではありません。自分の関心から出発した問いだからこそ、他者と議論し、合意を探ろうとする動機が生まれます。好きなテーマを掘り下げていけば、必ずどこかで自分とは異なる立場の人に出会います。その相手に伝わる言葉を探し、意見の違いを引き受けながら結論を出していく——この過程そのものが、「好き」を単なる趣味から、社会とつながる探究へと育てていきます。審議まとめは、この二つが互いに影響し合いながら高まっていく教育課程を目指すとしています。
つまりこれは、探究を「調べてまとめて発表する活動」として捉える段階から一歩進め、「生徒が自分の関心を起点に、他者と関わりながら得意を伸ばしていく過程」としての性格をより強めていく方向性を示したものと読めます。
探究が「テーマ探究」と「マイ探究」に整理される
審議まとめは、現状の探究にはっきりと課題を示しています。学校が設定した総括的テーマに基づくグループ探究が多く、「個人の興味・関心が十分に考慮されない例が散見される」という指摘です。
思い当たる方も多いのではないでしょうか。年間計画に沿って学年全体で同じテーマを扱い、指導と評価の手順をそろえる。運営の現実としては自然な選択ですが、その結果、生徒が自分の関心を持ち込む余地は狭くなります。
そこで審議まとめは、探究の形態を二つに整理しました。クラスやグループ全体で共通の課題に協働して取り組む「テーマ探究」と、一人ひとりが自身の「好き」や「得意」を深く追究する「マイ探究」です。
重要なのは、この二つを対立させていないことです。テーマ探究をやめてマイ探究に切り替えるのではなく、両者をバランスよく組み合わせるという方向性が示されています。協働して問いの立て方や調べ方を学び、身に着けた方法を使って自分の問いに向かうという順序は、多くの高等学校がすでに実践しているものでしょう。
とはいえ、「マイ探究」が明示されることの意味は小さくありません。生徒一人ひとりが別のテーマを追う前提で指導体制や評価を設計する必要があるためです。教員が全分野の内容を網羅することは不可能で、外部人材・データ・発表の機会をどう引き入れるかが現実的な課題になります。
総合的な探究の時間はこう変わる
制度面でも動きがあります。小中学校の「総合的な学習の時間」は、高等学校に合わせて「総合的な探究の時間」へ名称変更する方向で議論されています。小学校から高校まで、探究という言葉で一本の線が通ることになります。
さらに、学校行事と総合の関係を一層明確にする検討も進んでいます。とくにマイ探究を視野に入れて、学校行事を「好きや得意」を発表する機会として位置づけるという考え方です。探究は教室の中で完結するものではなく、発表し、人に届けることで完成するという発想です。
一方で、教員の負担を減らす見直しも含まれます。総合的な学習の時間・総合的な探究の時間の実践が約30年分蓄積されてきたことを踏まえ、全体計画・年間指導計画・単元計画について、国が学校に記載を求める項目を絞り込むとされています。書類を整える作業を軽くし、その分を単元の中身を練る時間に充てる、という趣旨です。
探究の質を左右する要素としては、情報活用能力の扱いも見逃せません。小学校では総合的な探究の時間に「情報の領域」が新設されます。また、中学校では新教科「情報・技術科」が創設されて、データ分析やアルゴリズム、生成AIの特性を1・2年で週2コマ、3年で週1コマを上限とする時数で学びます。
この変化は、高等学校の探究にとって追い風になります。データの扱い方が身につき、生成AIを使った経験もある生徒が入学してくるからです。探究のスタートラインが上がります。これまで「問いの立て方」や「調べ方」を一から説明することに充てていた導入時間を、一人ひとりの関心を深める対話に充てられるようになるのです。

高校に追い風が吹く三つの制度変更
単位制の柔軟化――半期17コマで1単位
現行は50分×35コマを1単位として計算します。改訂案ではこれを細分化し、半期の学習(50分×17コマ)をもって1単位と認定し、卒業に必要な単位は74単位から148単位へと読み替えられる見込みです。背景には「35コマ未満のコンパクトな学習内容を単位として認定できない」「学期ごとの柔軟な履修選択が難しい」という課題認識があります。
探究の観点から読むと、これはカリキュラム設計の自由度を高める大きな変化です。半期完結の探究科目を設ける、分野別のゼミを複数並べて選択させる、外部プログラムやコンテストへの参加を含んだ学校設定科目を置く――といった設計が組みやすくなります。「マイ探究」を実現するための制度的な裏づけになるわけです。
科目の組替え――「探究基礎」の発想
審議まとめには、既存科目を組み替えて新しい科目をつくる仕組みも示されています。例として挙げられているのが、「情報Ⅰ」と総合的な探究の時間の一部を組み替えた「探究基礎」です。データの扱い方と探究の方法を一体で教える発想で、学校設定教科の科目と総探を組み合わせる道も示されています。
評価――「学びに向かう力」は「○」の付記へ
観点別評価も見直しが示されています。A~Cで段階評価する観点を「知識・技能」「思考・判断・表現」の2つに絞り、好奇心や学びの自己調整、他者との対話・協働が特に表れた場合に「A○」のように丸印を付記する方式になります。
この変更は探究と相性がよいと言えます。探究は、問いを立て、つまずき、試行錯誤する過程そのものに価値があります。その姿が発揮された事実を記録できる仕組みになるのですから。同時に、その姿が表れる場面を意図的に用意できているかという問いも返ってきます。
「得意を伸ばす」には、発表の場が必要になる
ここまでを整理すると、高等学校に求められるのは三つです。
- 生徒が自分の問いを立てられる余地を教育課程につくること
- 生徒ごとにテーマが異なっても指導できる体制をつくること
- 成果を外に出し、評価を受ける場を用意すること
です。
とりわけ③は、学校単独では整えにくい要素です。校内発表会で完結する探究と、外部の専門家や他校の生徒から質問を受けた探究とでは、生徒の表情が変わります。「得意を伸ばす」うえで、認められる経験を通して自分の強みを自覚することは、大きな後押しになるからです。
JTBでは、この「探究を設計する」と「発表の場を用意する」の両方を支援するプログラムをご用意しています。
授業プログラムである「未来探究ゼミナール」は、ビッグデータを活用して地域の魅力と課題を見つけ、解決アイデアをまとめて発信するSTEAM&探究学習のプログラムです。受講生徒の約9割が「学習内容や学習活動に満足できた」「探究の対象とした地域の印象や見方が変わった」と回答しています。データを根拠にする進め方は、中学校で情報を学んできた生徒を迎えるこれからの高校にとって、無理なく接続できる形でもあります。
発表の場としては、国内コンテスト「未来探究祭」があります。未来探究ゼミナールの成果物で気軽に挑めるのが特徴で、全国の中高生との交流・協働の機会も組み込まれています。最終ステージでは、データや地域、探究の専門家が審査に当たります。
さらに世界を視野に入れるなら、課題研究の世界大会「Global Link」があります。シンガポールで開く「Global Link Singapore」は、基礎科学・応用科学・人文社会科学の3分野で自身の研究を英語で発表する場。文理融合のコンテストで、アジア各国の同世代と議論を交わし、これまでに延べ2,500名以上の中高生が参加しています。
探究のテーマが生徒ごとに分かれていくこれからの時代、こうした外部の場は、教員がすべてを背負わないための選択肢にもなります。専門家の質問や他校生徒の視点が、指導の一端を担ってくれるからです。
「うちの生徒の探究を、どこかで発表させてやりたい」。そう考えたとき、まず迷うのがコンテストの選び方です。分野の合致、発表言語、応募時期、準備にかかる負荷——見るべき点はいくつもあります。代表的な5つのコンテストの特徴と、選定時のポイントを次の記事で紹介しています。
【2026年度版】高校生向け探究コンテスト5選!選び方のポイントもご紹介
おわりに
「好きを育み、得意を伸ばす」という言葉は、多くの学校が大切にしてきた考え方と重なりますが、教育課程の設計とも結びつく問いを含んでいます。すべての探究をマイ探究に置き換えるという話ではありません。テーマ探究とマイ探究をどう組み合わせるかを、自校の実情に照らして考えていく——それが今回の改訂が投げかけているものだと言えます。
注目したいのは、審議まとめがそのための手立てをあわせて示していることです。半期単位制、科目の組替え、計画書類の精選。いずれも、探究を設計し直す余地を生むものです。
全面実施までには時間がありますが、探究の設計は一年で完成するものではありません。まずは「自校の探究はどこまで生徒の『好き』から始まっているか」を確かめるところから、始めてみてはいかがでしょうか。