Withコロナの観光を考える上で欠かせない視点が「密回避」です。国民の7割以上が2回のワクチン接種を終え、帰省や旅行を考える人が増えている中、滞在先の感染拡大状況や感染防止の取り組みは、旅行先を選ぶ上で重要なポイントになります。2021年9月にJTB総合研究所が取りまとめた調査でも、コロナ禍の旅行では「宿泊施設の感染対策が事前にHP等で確認できること」「旅行先の地域全体に、観光客への歓迎の意思があること」に次いで、「旅行先の混雑状況がリアルタイムで把握できること」が重視されていることが明らかになりました。このことから、地域側からの的確な情報発信が観光客の意思決定に少なからず影響を与えることが推測できます。今回はICTを活用し、混雑状況の見える化によって、観光・移動の密を回避した事例を取り上げ、その具体的方法と効果についてご紹介いたします。
「混雑度可視化」は観光客との信頼関係を構築する一手段
除菌用アルコールの設置、スタッフのマスク着用、顧客の事前健康チェックなど感染対策を実施しても、混雑により人と人との接触が生まれるとせっかくの感染対策も効果が薄まってしまいます。Withコロナ期に観光客との信頼関係を構築するには、混雑を回避するための工夫が必須と言えるでしょう。
宿泊施設や観光地が混雑回避のために行える施策にはさまざまなものがあります。例えば、事前予約、部屋への時差チェックイン、必要に応じた入場制限に加え、販売・決済方法をオンラインやキャッシュレスにすることも方法の一つです。
さらに、観光客が自主的に行動を選択できるよう混雑状況に関する情報提供も重要です。混雑度の可視化で地域と観光客の両者が感染予防と観光を両立できれば、観光客の再訪意欲の喚起にもつながります。
新型コロナウイルスへの感染予防と両立する観光(イメージ)
混雑度可視化の取り組み事例を紹介
混雑度可視化への取り組みのメリットは単に感染リスクを回避できるだけではありません。とりわけ宿泊施設においては、データの収集による利用状況の可視化によって宿泊客の快適性や利便性の向上、宿泊施設側の生産性向上も見込めます。以下、具体的な事例をご紹介します。
温泉(大浴場)での混雑度可視化の事例
宿泊施設でどうしても密になりがちなのが大浴場です。宿泊施設はどのように混雑度可視化を実践しているのでしょうか?
ステレオカメラによるモニタリング
混雑度可視化の取り組みの中でもわかりやすいのが、ステレオカメラによるモニタリングです。設置するポイントは脱衣所や休憩所など。場所ごとの利用人数をリアルタイムにカウントし、混雑状況をモニタリングします。ステレオカメラには人物の形状を検出、カウントする機能がついており、収集したデータを施設管理者やユーザー向けにヒートマップとして表示します。また、蓄積したデータに基づき、混雑予測も行えます。
利用者の特定行動から人数を計測
日本の温泉旅館では大浴場で「スリッパを脱ぐ」動作が定着しています。これを利用して人数をカウントする取り組みもユニークです。
利用者が、自分が履いてきたスリッパをほかの宿泊客が履いてしまわないように目印となるクリップを、IoT計量マットの上に設置されているカゴから取ってスリッパに付けると、カゴの重量が変化します。それにより、大浴場への入場人数がカウントされ、IoT計量マットからサーバーにデータが送られます。宿泊客はQRコードを通じて混雑状況をスマートフォンで確認できる仕組みです。
客室にいながら貸切風呂の空き状況を確認
ある旅館は大浴場を設けず、貸切風呂に特化したサービスを提供していましたが、従来は利用客が実際に貸切風呂まで足を運んで、空き状況を確認する必要がありました。同旅館ではコロナ禍をきっかけにIoTセンサーシステムを導入し、利用状況をリアルタイムにモニタリング。現在、宿泊客は自分のスマートフォンで部屋に設置してあるQRコードを読み取れば簡単に空き状況を確認できるようになっています。
関連情報
リアルタイム混雑情報サービス「VACAN」(株式会社バカン)
~いま空いているか 1秒でわかる 優しい世界をつくる~
VACANは、センサーやカメラなどで 人やモノの混雑・空きデータを取得・解析して様々な機能を提供するプラットフォームです。施設運営や現場環境に適した混雑検知ソリューションを活用し、「リアルタイムの混雑状況」を施設WebサイトやMAPサービスで配信できます。
公共交通機関の車両別混雑表示の事例
電車やバスなど、公共交通機関の混雑回避も観光地の重要課題です。
路線バスの車両別混雑表示
とある自治体の市営バスは、乗換案内アプリやナビゲーションアプリなどと連携して、ルート検索結果画面や時刻表画面において、バスごとの混雑度を6段階のアイコンで表示しています。現在の混雑状況だけではなく、混雑予測も表示されるため、利用者は通勤・通学において比較的空いているバスを選択したり、ベビーカーや車椅子で移動したいときも混雑を避けたルート計画を立てることができます。
国の補助金を財源に混雑状況の見える化を
混雑状況を可視化する取り組みが密を回避するために有効であることは分かっていても、各種IoT機器やシステムの導入には費用がかかるため二の足を踏んでしまう地域・事業者の方々も多いと思います。
この点、国も補助金を交付して、観光事業をサポートしようとしています。例えば、令和3年度には観光庁の補助事業で地方公共団体、民間事業者および協議会等を対象に、混雑状況の「見える化」と推奨ルートの表示に関する施設の整備に対して補助金の交付がありました。「訪日外国人旅行者受入環境整備緊急対策事業※」では補助率は補助対象経費の1/3以内、「観光地の『まちあるき』の満足度向上整備支援事業」では補助対象経費の1/2以内の補助率でした。
混雑度可視化の取り組みを進めたい地域の方は、令和4年度の国の補助金制度にも注目してみてはいかがでしょうか。
地方での消費拡大に向けたインバウンド対応支援事業(観光施設等における感染症対策機器の整備)のみ令和4年1月31日(月)まで追加募集あり
混雑度可視化の効果とは?
混雑度可視化は、感染対策、利便性・生産性向上に加え、蓄積データを活用することで新たなサービスにつなげられる可能性を秘めています。その具体例を2つご紹介します。
タクシーのダイナミック・プライシング(変動運賃制)
ダイナミック・プライシングとは需要と供給のバランスによって料金が決まる仕組みで、すでにホテルや航空券の予約でお馴染みの仕組みです。これをタクシー運賃にも適用できれば、運賃が安い時間帯には乗客が気軽に利用でき、地域のタクシー会社にとっては稼働率と収益の向上につながります。
また、雨の日やイベント開催直後などタクシー需要が多い場面では運賃が上昇し、タクシー会社に支払われる報酬が増えるため該当エリアにタクシーが集まり、結果としてタクシーを利用できる乗客が増えます。乗客には「時間や乗車場所をずらして乗る」という選択肢も生まれ、密回避に役立つだけでなく、個人の価値観や旅の目的に合った移動が実現します。
シェアサイクル・電動キックボードなど二次交通の利用活性化
二次交通対策として、今多くの地域でシェアサイクルや電動キックボードの導入・実証実験が進んでいます。公共交通機関の混雑可視化の取り組みが進めば、こうしたパーソナルな移動手段の利用促進にもつながる可能性があり、さらなる混雑回避につながることが予想されます。
まとめ ~混雑度解消で観光客も地域も快適に~
観光地や宿泊施設において混雑度を「見える化」し、情報提供することは、観光客の旅の安心・安全につながります。それだけではなく、蓄積されたデータを分析することで未来の混雑状況の予測にもつながります。曜日や時間帯ごとに予測し発信できれば、観光客は自主的に混雑を避けられ、より快適な旅行を楽しめるでしょう。また地域の施設や店舗は混雑しやすい場所や曜日・時間帯を把握することで販売価格や供給量を調整し、収益を最大化させることも可能です。
このように、データやAIを活用して混雑を可視化することは地域の観光にさまざまなメリットがあります。今こそDXを促進させ、感染対策と合わせてオーバーツーリズム対策も目指してみてはいかがでしょうか。