静岡県にある浜松学芸高等学校は、普通科のなかに地域創造コースを設置し、地域探究に力を注いでいます。1年次には5つのプロジェクトを経験し、2年次には自ら課題を設定し成果報告までつなげる活動へと発展。自治体などからオファーを受けて、生徒が地域のプロモーションアイデアを考え、動画やポスターを制作する姿はまるで一つの企業のようです。多数ある取り組みの中から今回は、「御前崎市ワーケーション推進プロジェクト」に焦点を当ててお届けします。
学校プロフィール
学校法人信愛学園 浜松学芸中学校・高等学校
1902年に浜松裁縫女学校として開校。1996年に浜松学芸高等学校に改称し男女共学となる。普通科特進コース・地域創造コース・科学創造コースと芸術科音楽コース・美術コース・書道コースを有する。
- 文部科学省指定事業「地域との協働による高等学校教育改革推進事業(地域魅力化型)」指定校(2019~)
- 所在地
- 静岡県浜松市中区下池川町34番3号
- 学校HP
地域から必要とされる学校を目指して探究活動をスタート
浜松学芸高校は、2016年に地域での探究活動をスタートさせ、観光動画コンテスト「観光甲子園」で2年連続グランプリを受賞するなど、近年輝かしい実績を残している学校です。地域創造コースの大木島詳弘先生は、学校の存在価値を考えて活動を開始したと語ります。
最初に取り組んだのは天竜浜名湖鉄道のPR。たった5人の夏休みの集中講座からはじまった取り組みは、やがて部活動になり、2020年からはついにコースとして設置されました。活動にはアートの手法を取り入れ、動画やポスターを使ったアウトプットに積極的に取り組んでいます。地域創造コースでは、学校設定科目として週4時間の「地域創造概論」(2時間)と「地域創造演習」(2時間)が設けられているほか、放課後には同コースから有志の生徒が探究部活動として活動。現在は42事業ほどが動いているといいます。
天竜浜名湖鉄道PRポスター
殺到するオファーを引き受けるかどうかは生徒が判断
多数ある活動の中から、本記事では2021年からはじまった「御前崎市ワーケーション推進プロジェクト」についてご紹介します。プロジェクトのきっかけは、御前崎市の事業を受託したJTBからオファーがあったこと。最初の段階では生徒たちは受託するか悩んでいたといいます。
「これまで生徒たちは、学校や自宅などがある地域の魅力を発信することを大事にしてきました。オファーのあった御前崎市から本校へ来ている生徒は学年で数人ほど。まずはフィールドワークに行き、『自分達の地域』として捉えられるのかを検討することになりました」
同校にはたくさんのプロジェクトの依頼がひっきりなしに寄せられます。それを受託するかどうかは全て生徒たちが判断します。判断基準は、生徒自身が決めた4つの活動ポリシーを達成できるプロジェクトであること。
4つの活動ポリシー
- 知っている場所から行ってみたくなる場所への変化を促す
- 中高生には共感を、大人には懐かしさを感じる青春を演出する
- いつか戻ってきたいと思える場所にする
- 地元の企業・組織と協働する
御前崎市をフィールドワークした結果、「これまでになかったことだからこそ、やってみたい」と盛り上がり、プロジェクトがスタートしました。
企画、撮影、編集、その後までとことんこだわり抜く
本プロジェクトに中心的に関わっているのは5名。(動画撮影にはさらに多くの生徒が関わりました。)御前崎市との打ち合わせ段階で提案した企画書には、ワーケーション推進のコンセプトを下記のように示しました。
誘客から地域に人を引きつける地域引力を高めることが重要だと考えるようになりました。地域引力とは、外部からその地域に関心を持つ・行ってみたいと思える魅力のことであると思っています。(中略)そこにいる自分をイメージできるような地域引力を用いたPRも有効ではないかと考えました。
地方で仕事をする意味を考え、「都会とは異なる、ゆったりとした時間感覚の中で家族の会話や絆を取り戻す時間を提供する」というコンセプトを考えました。家族で過ごすワーケーションというライフスタイルを提案し、長期滞在型のワーキングスペースとして暮らすように過ごす(泊まる)時間を提供したいと考えました。
撮影では軽トラックがある場所を探し回ったり、モデルの生徒の姿勢を支えるために裏方の生徒が支えたことも
撮影した動画をもとに、御前崎市に提案するティザー広告(注)のストーリーを練る生徒たちと大木島先生
ティザー広告:商品の要素の一部をあえて隠すことによって消費者の注目を集めるプロモーション手法
企画が通った後は、ストーリーボードを作成し、どういった風景で物語を展開していくか、どこで撮影するか、服装をどうするかなど幾度も話し合いを重ねました。話し合いを重ねる中で、「家族でワーケーション」の物語を具体化していきました。入念に準備を重ねた上で、動画と写真の撮影をスタート。フィールド調査や下見を何度も重ねて作られたプロモーション動画をご覧ください。
御前崎市ワーケーション推進プロジェクトPR動画
クリックすると浜松学芸中学校・高等学校のYouTubeチャンネルに遷移します(音量にご注意ください)
動画作成後に生徒が注目したのは、御前崎市にはワーケーションで訪れる家族のための移動交通手段が少ないこと。検討の結果、ゴルフ場で使われていないゴルフカートをマイクロモビリティとして活用するアイディアが生まれ、現在市に提案を行う計画も進んでいます。一つの作品を作り上げることで「おわり」ではなく、生徒が探究を発展させ続けていくことが同校のプロジェクトの特徴の一つです。
教員がゴールを設定しないことで、生徒が主体的に動き出す
「御前崎市ワーケーション推進プロジェクト」同様、それぞれのプロジェクトは生徒によって発展を続けています。大木島先生は、「教員がゴールに向かって生徒の手を引っ張るのではなく、ミスをしてもいいから、納得するまでOODAループ(ウーダループ/Observe(観察)、Orient(仮説、状況判断)、Decide(意思決定)、Action(実行))を回転させることが重要だと考えています」と言います。
「教員は生徒のプロジェクトを見守り、活動の熱量を増幅させるジェネレーターです。最初は私も生徒たちを待つことに苦労しました。大人の顔色を見て進めるプロジェクトは探究ではありません。生徒たちは自分で考え自分で動けるようになっていきます。」
同じくワーケーションプロジェクトのメンバーである山本果奈さんはこう展望を語ります。
「地域探究活動が楽しくて、自分にも合っていると感じることができました。探究をすることでこれまで住んでいた浜松市にこんな魅力があるのだと気づくことができました。地域のことを知る楽しさに病みつきになっています。ただ、今はこの目の前の地域にしか関わることができていないので、もっと他の地域のことも知りたいと感じています。そこで、卒業後は観光を学べる大学に進みたいと考えています」
地方に若者を呼び戻すサステナブルなサイクルをつくる
来年度には、地域探究活動の一期生が同校に教員として戻ってくるといいます。大木島先生はこれこそが「一番の成果」だと語ります。
「教員として戻ってくる彼は、最初は地域の活動にそこまで積極的ではなかったんです。しかし、関わっていくうちに考え方が変わり、大学では『地域で学ぶ際には何が大事なのか』について研究しています。彼は世の中をよくしていくために、教育の実践者になっていくという道を選んだと語っていました。彼のように地方にUターンする者は多くはありません。しかし、これまで5人中5人が首都圏に出たままになっていたものが、5人のうち1人でも戻ってくれば地域は変容していきます。私たちのできることはすごく小さいことかもしれませんが、地域の魅力を知る機会を創出し、小さくてもサイクルを回していくことが地方部では大切だと考えています」
現在では、地域創造コースの活動は学校外の多くの人が知るものとなり、このコースを希望する生徒が入学定員をオーバーするほどの人気となっています。生徒の探究的な学びと進路の実現、そして地域の未来を見据えた学校のあり方を考えるヒントが詰まった同校の取り組みから、これからも目が離せません。