2023年9月、学校行事や探究が生徒のコンピテンシー変化に与える影響を可視化する新たなシステム「J’s GROW」が発表されました。J’s GROWは、JTB、IGS、次世代教育ネットワーキング機構の三者による協働プロジェクトで開発が進められてきた中学高校向けアセスメントツールです。修学旅行などの学校行事や、総合的な探究の時間における様々な教育活動が生徒のコンピテンシー変容にどのような影響をもたらしたかを定量的に評価することができ、データに基づいた教育活動の見直しや、事業成果検証に幅広く活用されることが期待されています。
今回は、J’s GROW開発のプロダクトマネージャーを務めたIGSの中里忍氏と、JTB企画開発プロデュースセンター(兼次世代教育ネットワーキング機構)の田口博朗が、開発の背景とそこに込めた思いについて語りました。
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学校行事の成果定量化に向けた協働プロジェクトが始動
―J’s GROWの開発経緯を教えてください。
中里 私たちIGSは、3,500万件を超える評価データを基に、AIを活用した相互評価で児童・生徒の資質・能力を定量化する評価ツール「Ai GROW」を開発し、リリースから4年で全国300校以上の学校に導入いただきました。学校では進路指導で総合型選抜入試を視野に入れている生徒が自らの強みを認識したり、探究学習の効果を測定したりするツールとしてご活用いいただいています。非認知能力を含めて思考力・判断力・表現力や創造性などのコンピテンシー(行動特性)を定量化できるほか、心理学の「ビッグファイブ理論」に基づいた気質診断ができるようになっています。
中里 Ai GROWの特徴は大きく2つあり、1つ目はもともと社会人向けに開発されてきたため、社会と接続する力を測定できるということ。そして、友人からの相互評価を正確に反映できるアルゴリズムを搭載していることです。それぞれの人には「高く評価しがち」「低く評価しがち」あるいは「中央値にしがち」といった傾向があります。それらを単純集計してしまうと、正確な数値とはならないので、AIによる補正をかけて結果を導き出せるようにしています。
弊社でこうした取り組みを重ねている中で、ある日、JTBの担当者の方から協働のご提案をいただきました。これがJ’s GROWの種が蒔かれた瞬間でした。
田口 J’s GROWの開発には3つの背景がありました。1つ目は、学校行事の成果の定量化の必要性を実感していたことです。それまで私はJTBにおいて修学旅行を中心にさまざまな体験学習の支援をさせていただいてきました。その中のほとんどが、「楽しそうにしていたね」「盛り上がったね」といった定性的な振り返りで終わってしまっていました。そのため、前年踏襲の行事も多く存在していたのです。先生方や生徒たちの肌感覚もとても重要ですが、今後改善をしていくには、取り組みの成果を定量的に可視化することが求められるのではないかと感じていました。
2つ目は、私が2020年から2年間文科省に出向していたときの経験です。私が携わっていた「WWL (ワールド・ワイド・ラーニング)コンソーシアム構築支援事業」などにおいては、成果検証として、生徒の資質・能力を可能な限り定量的に評価したいという要望が出されていました。国も当該教育活動の効果の達成度を測るため、できる限り定量的な成果指標の設定を求める傾向があることを実感いたしました。
3つ目は、JTBが今年4月に次世代を担う子どもたちの資質・能力の育成に貢献するため、「一般社団法人次世代教育ネットワーキング機構」を設立したことです。私もその一員なのですが、そこでの調査研究の対象がまさしく子どもたちのコンピテンシーなのです。IGSとコラボレーションすることで、これまで測定が難しかった特別活動の定量的評価が可能になるのではないかと期待したのです。
コロナ禍で学校行事の持つ教育的意義が見直された
田口 コロナ禍で多くの行事がストップし、教室の外で子どもたちの心を動かす体験的な学びがほとんどなくなってしまいました。現在では規制がなくなり、やっと子どもたちが思い切り行事に臨むことができる環境に戻ってきています。行事がストップされたことをマイナスと捉えるのではなく、むしろ行事がいかに子どもたちに貴重な学びを与える場となりうるか、改めてその意味やそれが持つ力を見直す機会となりました。学校としても、行事の意味や内容を見直す機会につなげられるとよいのではないかと考えました。
つまり、コロナ禍以前に行われていた行事に単に戻すだけではなく、その意味や目的を精査して、より教育的な効果があるものへ、リスタートを切れるとよいのではないかということです。私たちJTBも学校行事や探究の計画、実行だけでなく、振り返りまで伴走させていただき、翌年の取り組みにつなげていきたいと考えています。今回開発したJ’s GROWを活用し、活動終了後の客観的具体的なエビデンスを取得することで、これまでPDCAサイクルの「P」と「D」で終わっていた取り組みに、「C」「A」の機能を持たせることで、現状を正確に把握し、より質の高い教育活動の実現をするお手伝いができると思っています。
中里 先生方からは、一度増やした取り組みを減らすことができないというお悩みをよく聞いていました。引き算がなされない中で、業務が増え続けて疲労感が増している……。JTBは先生方のそうした状況をも素早く察知して、教育成果を定量化して取り組みの精査につなげていこうとしているのだと知り、ぜひご一緒したいとお伝えしました。
学校行事や探究における活動の定量評価を可能にしたJ’s GROW
―具体的にはどのような設計をすることで、定量評価が可能になるのでしょうか。
中里 修学旅行であれば、実施のおよそ1ヶ月前に生徒のコンピテンシーを測定して、直前に修学旅行中の各活動に対する期待度をアンケートで測定します。修学旅行後は各活動に対する生徒自身の積極的参加度や意識変容実感度を測定する事後アンケートを実施します。これにより個々の生徒のビフォー・アフターを明らかにしたり、修学旅行中の個々の活動に参加した生徒としなかった生徒の差分を具体化したりすることができます。
田口 学校行事や探究の中で実施される様々な教育活動を細かく分類し、「どこで」「どのようなテーマで」「誰と」「どのように」といった要素を掛け合わせて構造化していきました。単年度で推し量ることはできませんが、将来的にデータが集積されていけば、「この学校で平和学習をする上で最も効果的なのはAという活動とBという活動を掛け合わせること」といったことが想定できるようになるはずです。そういった意味では、苦労した分とても意義のある設計ができたのではないかと考えています。
中里 学校行事や探究における子どもたちの活動をすべて洗い出し、細かな要素別に分解して構造化できることが、JTBの大きな強みだと感じました。修学旅行などでの情報を網羅的に、かつ幅広い学校での実施情報を持っているので、データの精緻化を図ることができました。
加えて、J’s GROWは、研修設計などの際に用いられる「カーク・パトリックの4段階評価理論」を中心に、スタディツアーなど学校行事に関するいくつかの先行研究を参考にして設計しました。この理論では、教育の効果を「反応」「学習」「行動」「結果」の4段階で表します。これにより、行事などにおける教育活動の満足度だけでなく、実際に生徒たちがそこから何を学び、どのように行動変容につなげていったのかという視点で教育活動を評価できるようになっています。
中里 Ai GROWはコンピテンシー(行動特性)を測るものですので、ピラミッドの一番下の「反応」の部分は測定していません。J’s GROWは、このAi GROWに事前、事後のアンケートを組み合わせて設計したことで、「一生懸命取り組んだのか」「あまり身が入らなかったのか」など「反応」の部分を測定することができるようになりました。そうすると、「一生懸命取り組めた」という生徒がどう成長したのか、「イマイチだった」と回答した生徒がどのような変化を得たのか、といったことが見えてきます。
こうしたデータが蓄積されていくことで、例えば、「事前学習で期待値をここまで上げておくと、このような教育効果が期待できる」といった改善の道標が得られます。
教育活動の評価と対話を通じて子どもたちの学びにコミットを
田口 教育活動を精査していくということは、すなわち学習指導要領が掲げるカリキュラム・マネジメントにつなげていくことです。教育活動の成果が定量的なデータとなって示されるので、それをもとに先生方と現状把握を行い、次に向けた工夫や改善ができる、つまり「学びへのコミット」を実現していくことが可能になると思います。具体的には、データにもとづく定量評価と、先生方の見取りによる定性的な評価をベースに、「来年の行事はどう変更しようか」、あるいは「昨年度の振り返りを活かして新1年生に対してはどういった内容にしようか」といった対話がなされ、教育活動の質が向上し、子どもたちに還元されていくようになります。私たちの商品開発に目を向けると、効果が乏しいプログラムは淘汰され、J’s GROWのデータを基に、より効果の高いプロダクトが生み出されていくと考えております。
中里 カリキュラム・マネジメントという学校の最適解を探る営みでもありながら、個別最適化された学びの実現につながるとも考えています。同じ活動していても、気質などによって、伸びる子と伸びにくい子がいます。例えば、「外向性が高い子と内向性が高い子とでは、Aプログラムを経てこのような差が出る」ということがわかれば、Bプログラムも用意して選択できるようにしたり、Aプログラム後に適切なフォローの仕組みを入れていったりすることができるでしょう。
個々の特性の違いがある以上、全員を機械的に伸ばすことはできません。J’s GROWは、子どもたちの特性を活かして、学校内の教育活動でどう成長を促していくかという手立てを得るヒントになるはずです。
成長戦略の判断材料や学校広報に活用できるJ’s GROW
―J’s GROWを今後どう学校に活用してもらいたいと考えていますか。
中里 「現在地を知って、次に何をするか」を判断する材料として活用いただければ嬉しいです。個々の生徒たちへの活用を考える場合には、弱みを知ったら弱みを改善する努力をしてもいいですし、弱点はともかく強みを伸ばしていくという判断をすることもできるでしょう。現在地を知るからこそ、生徒と先生が一緒に成長戦略を描いていくことができるのです。
田口 中里さんがおっしゃられたことに加え、私はJ’s GROWの結果を保護者や地域への説明にも活用していただきたいと考えています。「修学旅行でこんなふうに生徒たちが伸びていきました」といった定量的な視点で見える化し、教育活動の効果を報告することは、社会に開かれた学校を実現し、関わる多くの方々への安心感につなげていくことができるはずです。また、こういった学校の姿勢や取り組みは、広報活動としてもご活用いただくことができると思っています。
中里 先ほど申し上げた通り、データが蓄積していけば「因果推論」の精度も高まります。「この活動にはこんな教育効果があると考えられる」と、生徒や保護者に対して先生方が自信を持ってお伝えできる根拠としてJ’s GROWを役立てていただきたいと考えています。
田口 私たちJTBは、「地球を舞台に、人々の交流を創造し、平和で心豊かな社会の実現に貢献する。」というグループ経営理念を掲げています。また、次世代教育ネットワーキング機構では、「次の時代を担う子どもたちの糧となるチカラの育成に貢献する」という理念を標榜しています。修学旅行など、普段経験しないような体験活動を通じて、子どもたちの感性に影響を与えることで、心も大きく動くはずです。私たちはJ’s GROWを通じて、こうした子どもたちの心動かす体験的な学びに一層コミットし、学びの質の向上に貢献していきたいと考えています。