福井県越前市を舞台に、伝統文化と最新技術を掛け合わせ、インバウンド誘客と地域活性化を目指す観光DXプロジェクト「ECHIZENクエスト」。
このプロジェクトは、北陸新幹線の延伸でアクセスが向上した越前市において、地域の魅力を再発見し、体験型コンテンツとして提供するものとして実施されました。参加者は、越前和紙や越前打刃物といった伝統工芸の工房などを巡り、その体験の証としてNFT(非代替性トークン)を受け取ります。
プロジェクトは、建設、旅行、ITの異なる領域の3社、戸田建設株式会社、株式会社JTB、富士通株式会社の共創により実現しました。3社がいかにして出会い、この地域の課題解決に挑んだのか、プロジェクトのコアメンバーへ話を伺いました。

お話を伺った方

戸田建設株式会社
建築事業本部 特定プロジェクト室 営業企画部 開発課 課長
(兼 建築営業統轄部 スマートシティ事業推進部 技術営業推進室 主管1級) 御厨 雅文 氏
2007年入社。現場管理、設計、積算を経て営業部門へ。現在は開発課 課長を務めつつ、スマートシティ事業推進部を兼任。過去のプロジェクトで培った環境省や県の補助金事業の経験を活かし、ハードとソフトを融合させた「みんながワクワクする未来のまちづくり」の創出を目指す。

富士通株式会社
リテール&サービス事業本部 サービス事業部 第三ビジネス部 井上 楓太 氏
2023年より「ECHIZENクエスト」で用いたデジタル通貨技術『ヴィジュアルコイン』の拡販担当として勤務。ヴィジュアルコインを通じたクロスインダストリー/共創ビジネスの推進を行っている。

株式会社JTB
ビジネスソリューション事業本部第六事業部 竹岸 晃一
2024年入社。ビジネスソリューション事業本部第六事業部にて法人営業として勤務。北陸出身で地方創生に関心があり、企業の力と地域の力の掛け合わせによる賑わい創出を目指す。
隣り合ったブースから始まった共創プロジェクト
――「ECHIZENクエスト」とはどのようなプロジェクトなのでしょうか?

竹岸
「ECHIZENクエスト」は、福井県越前市の素晴らしい伝統文化と最新のデジタル技術を掛け合わせたプロジェクトです。
本プロジェクトは、訪日観光客を誘致し、地域を活性化させていくことを目的としています。観光庁の「インバウンドの地方誘客や消費拡大に向けた観光コンテンツ造成支援事業」に採択され、戸田建設様を主事業者として、富士通様とJTBの3社が協力して進められました。
――建設、旅行、ITと異なる領域の3社が連携した経緯について教えてください。
竹岸
すべての始まりは、毎年幕張メッセで開催されているアジア最大級のデジタルイノベーションの総合展「CEATEC(シーテック)」でした。
ここで、JTBと戸田建設様は「まちづくり」をテーマにしたブースを出展されていました。しかも、ブースが隣同士だったのです。そこで初めて御厨さんとお会いして、「まちづくりの文脈で何か一緒に始めましょう」とお話ししたのがきっかけで、プロジェクトが動き出しました。
御厨氏
戸田建設は、地域創生をテーマにした「まちづくり」を推進する上で、いかにして人を集めるか、特に地方の場合、観光誘客が重要だと感じていました。そんな時、隣のブースのJTBさんを見て、「これはチャンスだ」と感じました。すぐにお打ち合わせの機会を作っていただき、話を進めていきました。
――そうした出会いを果たした後に、富士通様が加わったと。
竹岸
JTBには「GLOCAL Sustainability Project(GSP)」という、地方創生と企業間の新規事業創出を掛け合わせるプロジェクトがあります。その第4期のプログラムを越前市で実施しており、富士通様が参加されていました。
富士通様は、NFTを活用した新しいプロジェクトを越前市で実施できないかと模索されていました。そして、同じ越前市の課題に取り組んでいるということでJTB内で連携を行い、今回の体制構築へと進んでいきました。
井上氏
当社は2023年から、JTBさんと訪日外国人富裕層向けの観光DXサービスの共同研究を進めるなど、親密な関係性を築いてきました。GSPもそのご縁でお声がけいただきました。
GSPでは、越前市の副市長様や伝統工芸の方々へヒアリングを重ねる中で、富士通が持つ技術でどう地域創生にアプローチできるかを模索していました。その中で2社からお声がけいただき、プロジェクトに加わらせていただくこととなりました。
デジタルの力で伝統工芸の価値を未来へ
――3社の連携によって、どのような取り組みが実現したのでしょうか?

御厨氏
「ECHIZENクエスト」では、越前市に点在する伝統工芸の工房を、ガイド付きでご案内するツアーを作りました。参加した訪日観光客の皆様からは、「自分一人では絶対に来られなかった。非常に有意義なツアーだった」など、多くのご好評をいただきました。
それに加えて、本プロジェクトでは「モノづくり×テクノロジー×ことづくり“体験”」をテーマに、富士通様のNFTというデジタル技術を掛け合わせることができました。デジタルを活用した観光誘客を実現できたという点で、今回のもっとも特筆すべき成果だと感じています。
竹岸
今回の越前市の観光誘客にあたって、やはり外せないのは伝統文化でした。観光協会の方々から現場の切実な実情をお聞かせいただいた中で、後継者不足など文化そのものの存続という深刻な課題が浮き彫りとなりました。観光という一側面からのアプローチだけでは、この根深い課題の解決は困難でした。
そこに、越前市でまちづくりの官民連携プロジェクトを進める戸田建設様と、テクノロジーを持つ富士通様が加わってくださった。これにより、観光コンテンツの造成が「伝統文化が抱える課題への具体的な解決策」となり、未来への道筋を見出せたのです。
――今回のプロジェクトの鍵である「NFT」を選んだのはなぜですか?
竹岸
NFTを導入した一番大きな意義は、「伝統文化の保存」という点にあると考えています。
越前市には素晴らしい刃物や和紙の技術がありますが、少子高齢化で技術が継承されていかないという切実な状況にあります。また、現地に来て買っていただかないと、その価値も伝わりにくい。物理的な産品だけでは、その魅力を広げるには限界があります。
その点、NFTであれば唯一無二のデジタルデータとして、海外からのお客様にも「体験の証」として気軽に持ち帰っていただけます。この技術こそ、伝統文化や地域を支える新しいコンテンツになるのではと考えました。
御厨氏
「NFTは日本でまだそこまで普及していませんが、海外では広く浸透している」という仮説もありました。そこで、NFT活用により「トークンを集めて自慢したい」といった潜在的なニーズを掘り起こせるのではないかという期待もありました。
井上氏
今回、NFTはツアーの中で「体験施設への寄付の証」としてお渡ししたり、「体験の記念」としてウォレットに付与されたりという形で使用されました。技術的には、当社が特許を取得した「ヴィジュアルコイン」というNFT基盤のデジタル通貨の仕組みを活用しています。NFTは地域への支援やお土産との交換にも使えるほか、将来的にはNFT保有者向けの割引や限定体験といった特典との連携も視野に入れています。
単にNFTを提供するだけでは、お客様との接点は限られてしまいます。ツアーの一連の流れの中で自然に提供することで、参加者の皆様もNFTを楽しく活用してくださっていました。越前市にゆかりのある紫式部のデザインが施されていた点も、非常に好評でした。
当社は、Web3の技術研究や事業開発を進めている一方、本格的なビジネスへの応用はまだ知見が少なく、観光領域での活用は大きなチャレンジでした。今回、戸田建設様とJTBさんと協力するおかげで、ツアーの中にNFTを組み込むという素晴らしい形が実現できました。
技術者が工房に通い詰めた3ヶ月。現場から生まれた企画の説得力
――富士通様は、プロジェクトにおいてどのように地域と関わったのでしょうか?

井上氏
GSPを介して担当者が越前市に実際に訪問の上、工房など生の声をヒアリングし、課題の抽出に努めました。
御厨氏
最初は職人さんたちも「東京の大企業が何をしに来たんだ」という雰囲気だったと聞いています。しかし、毎日顔を出して話を聞く中で、少しずつ心を開いてくださった。地域の方々の生々しい声から生まれた企画だからこそ、実施段階でも皆さんが協力してくださったのだと思います。
竹岸
富士通様のその姿勢には、私たちも大いに刺激を受けました。JTBも同様の考えを持っています。例えば弊社は、小豆島(香川県)にて観光客向けのキャッシュレス決済などを地域単位で導入できる「tebu-Ride」というサービスの実証実験を進めています。観光客を送り出して終わりではなく、現地を訪れた「着地」の後も便利で豊かな体験を提供したいという想いから、この取り組みを続けています。
御厨氏
戸田建設も同じです。当社はPPP(官民連携)協定を多くの地方自治体と結ばせていただき、その枠組みの中で地域の方々、地域企業の方々と共に活動しています。茨城県常総市での農業の六次産業化による雇用創出や、長崎県五島市で2026年1月に商用運転を開始した国内初となる浮体式洋上風力発電事業(五島洋上ウィンドファーム)なども、そうした連携が生んだ成果です。
地域に深く入り込み、共に汗をかく。それが私たちのスタイルです。
「やりっぱなしにしない」。地域との信頼が生んだ推進力
――3社とも地域に深く関わるスタンスを共有されていますが、今回のプロジェクトで特に意識した点は何でしたか?
御厨氏
「プロジェクトを単発で終わらせない」ということです。戸田建設は2021年に越前市と官民連携協定を締結し、北陸新幹線「越前たけふ駅」周辺約100ヘクタールのまちづくりを推進するという大きなミッションを担っています。この壮大な計画をいきなりすべて実現するのは難しいため、まずは観光誘客をテーマにスモールスタートを切ったのが、今回の取り組みでした。
竹岸
戸田建設様の、地域に深く入り込み共に汗をかくという姿勢は、地域の方々との信頼関係を築く上で非常に大きかったと感じています。実際、プロジェクト中に越前市の方々からは「戸田建設は違う」という声をよく聞きました。
地方創生のプロジェクトでは、都市部の関係者が現地に来ず、オンラインだけで話を進めて「やりっぱなし」「言いっぱなし」になってしまうケースが少なくありません。しかし戸田建設様は、まず現地に足を運び、地域の方々と面と向かって話し、同じ目線でまちづくりを考えていらっしゃいました。
例えば、戸田建設様は地元の伝統産業を盛り上げる「RENEW(リニュー)」というイベントに地域の方々と同じ法被を着て参加されていました。地元の方々はそうした姿を見ているため、今回のプロジェクトにも非常に協力的でした。「あの人たちと一緒にやってみようか」という空気が、すでに地域に醸成されていたんです。
偶然の出会いを、未来のまちづくりへつなげる
――今回のプロジェクトを通じて得られた知見や、今後の展望についてお聞かせください。

竹岸
「ECHIZENクエスト」での経験は、地方に点在する魅力ある場所・体験に光を当て、人の流れを分散させて地域全体が潤う仕組みづくりに活かせると考えています。
日本のインバウンド観光は、いわゆる「ゴールデンルート」(東京・京都・大阪などを巡る定番周遊ルート)に集中しがちでした。しかし近年はリピーターが増え、よりディープな地方の魅力を求める動きが活発化しています。
これは地方にとって大きなチャンスである一方、特定の場所に観光客が集中するオーバーツーリズムという問題も深刻化しつつあります。その問題の解消に、プロジェクトで得られた知見を活かしていきたいです。
御厨氏
プロジェクトで得られたデータは、越前市にもフィードバックして「次の一手を考える材料」にしたいと考えています。訪日観光客をどこまで増やしたいか、そのための受け入れ態勢をどう整備していくか。本当の意味でサステナブルな取り組みにしていきたいです。
今回の経験は越前市だけでなく、私たちが今後手掛けるさまざまなまちづくりにも必ず活きてくるはずです。
井上氏
富士通の役割は、オーバーツーリズムという観光が抱える課題をデジタルの力で解決することにあると考えています。一方で、デジタル化やDXは良い面もあれば時に独り歩きしてしまう側面もあります。
何より重要なのは、私たちが地域の課題をいかに深く理解し、それに対して最適なアプローチをかけられるか。その「課題の把握」こそが、全ての出発点だと考えています。「ECHIZENクエスト」は、地域の生の声を聞き課題を理解するというプロセスを学べたという点で、当社にとって大変貴重な体験となりました。
御厨氏
今回、展示会での偶然の出会いから「共創」という形で素晴らしいプロジェクトが実現できました。戸田建設としては、これを一度きりの関係にするつもりは全くありません。今後もJTBさん、富士通様と共にチャレンジを続けていきたいと心から思っています。