新型コロナウイルスの感染拡大は、世の中の働き方を大きく変えました。それは製薬業界についても例外ではありません。コロナの拡大で、病院や医師への訪問が難しくなったことで、社員1人ひとりが自分に合った働き方や成果の出し方をデザインする能力が求められるようになりました。製薬業界でも進む働き方改革。イノベーション創出のために、個人の能力を企業としてのパフォーマンスにどう結びつけていくのか。事例とともにお届けします。
コロナ禍で余儀なく変化した「働き方」
新型コロナウイルスの感染拡大は製薬企業従業員の働き方を変えました。コロナ前に在宅勤務制度やコアタイムのないフレックスタイム制度などを整備している企業はありましたが、コロナ拡大期に入り、本社勤務・MRの全社員が出社せずに自宅で働くことが可能なフルテレワーク体制を導入する企業も珍しくありません。社員のテレワーク利用率という指標だけを見ると企業の働き方改革はコロナを機に一気に進んだとも捉えることができます。
その反面、コロナ禍という特殊状況下で、企業側が社員に出社を禁じるなど、働き方を強制的に変えさせた結果としてテレワークが促進されたという側面もあります。働き方改革の趣旨は、多様な人材が活躍できるように企業がさまざまな制度を用意し、社員が自分に合った柔軟な働き方を選び、組織と個人のwin-winの関係を作って生産性を高めることにあり、真の働き方改革の実践は一朝一夕には難しいものがあります。経営陣が主導するトップダウン型から、社員1人ひとりが高いパフォーマンスを発揮できるよう、社員自らが働き方を選択していくためには、現場から企業に新たな制度を提案していくといった双方向性のある改革が必要になると見られます。
なぜ、製薬業界に働き方改革が必要なのか?
製薬企業に働き方改革を実施する目的について尋ねてみると、最も多かったのが「イノベーションの創出」でした。製薬業界が目指すイノベーションとは、治療満足度が低い疾患で革新的な新薬開発を加速させることですが、病気の症状改善だけではなく、患者のQOL(Quality of life)改善も含めアウトカムを考える時代に入るなど広い意味で捉えられるようになっています。
実際、製薬企業は医療ニーズの解決手段として、医薬品にとどまらず、デジタルメディスンや治療用アプリなど多様な領域に拡大し、ITなど異業種企業と連携した新事業を加速しています。同様にIT化やデジタル化で業務プロセスを見直し、業務、職種などそれぞれの特性に応じたフレキジブルな働き方を実現しようと取り組んでいる状況です。
かつてMRは医師への訪問回数を重視したシェア・オブ・ボイス型の情報提供が主流でした。生活習慣病領域では同一作用機序の医薬品がいくつも存在していたため、製品での差別化が難しい分、昼は医師への訪問、夜は会食と24時間働くワークスタイルも当たり前のような状況でしたが、2019年の働き方改革関連法で残業時間の上限規制が敷かれるようになったことで、いかにして売上を維持したまま業務生産性を上げるかという課題と向き合うようになりました。さらにコロナの拡大で、病院や医師への訪問が難しくなったことで、社員1人ひとりが自分に合った働き方や成果の出し方をデザインする能力が求められるようになりました。
製薬業界の働き方改革の現在地は?
働き方改革は動き出したばかりで、イノベーション創出に向けて明らかな生産性向上に結びついたという確実な成果は出ていません。ただ、コロナ前から先駆的に働き方改革に取り組んできた企業では、
・「社員1人ひとりが自ら考え、行動変容と個人/組織の成果創出に結びつける自律型社員が徐々に増えている」(国内準大手)
・「定点的に実施している社員向け調査で、柔軟な働き方による成果の出し方や働きがいなどの指標で社員満足度が高まっていることが確認できている」(外資系)
・「残業代が減少し、有給取得率が向上した」(外資系)
と着実に前進しているようです。働き方改革の推進により「社員の時間に対する意識は高まっている傾向にある」との声もありました。従業員1人当たり、1時間当たりの労働生産性をいかに高めるかも重要な課題と言えそうです。
働き方改革にはキャリア支援も
社員に対するキャリア形成の支援も重要な施策です。具体的にはキャリア相談制度、社内公募制度、留学・資格取得休職制度などが挙げられます。大きな動きとしては、2022年4月から週休3日制を導入する国内企業も登場します。働き方という観点から人的資本を支援することで、イノベーションにつながるチャレンジの土壌を作ることが最大の狙いです。同企業では、従業員が個人で作成しているキャリアデザインシートの中で掲げる目標と学びたい内容の整合性が取れていれば、従業員の学びたいという気持ちの支援のため、2020年から25万円を支給する制度を始めました。
キャリア形成を支援する動きが加速していくと、社員の副業を認めるかが今後の大きな焦点になりそうです。ノウハウの流出などの懸念から大部分の製薬企業が副業を認めていない中、ある外資系企業では2018年に副業ガイドラインを策定。一定の条件を満たせば副業が可能となりました。同企業は年最大40日間、資格取得や大学院通学、海外ボランティア参加などで利用できる「ディスカバリー休暇」も制度化しました。副業を認め、社員の自己実現に加え、新しいことへの挑戦や社外での成長を通じて、企業の成長力を高めることを狙いとしています。
まとめ
ウィズコロナでのテレワーク体制は、社員間のコミュニケーションが減少し、従業員のストレス増加など別の課題をもたらしました。これからは、組織としての一体感や会社への帰属意識を醸成させていくことも考えなければなりません。新たな日常に対応した働き方改革では、在宅勤務と出社による勤務のバランスをどうしていくかなど個人の能力を企業としてのパフォーマンスにどう結びつけていくかを、これまで以上に検討していく必要があるでしょう。