海外に比べて日本企業のエンゲージメントは低いと言われています。エンゲージメントの高い環境をつくるキーワードとして、最近注目されるのが「EVP=社員が共感できる、その企業で働く価値」です。JTBは、HRの一大イベント「HRカンファレンス2021-秋-」(2021年11月16-19、25-26日開催)に出展。イキイキと人が躍動する組織作りのヒントとなる「EVP(従業員に対して企業が提案できる価値)」の考え方を、事例を交えてご紹介しました。今回は、その講演の模様をレポートします。
~『日本の人事部』HRカンファレンス2021-秋-講演レポートより転載~
当日のセミナー録画はこちらからご覧ください。
講演者紹介
上山 毅(うえやま たけし)
株式会社JTB ビジネスソリューション事業本部 事業推進チーム 事業推進担当部長
(株)日本交通公社(現JTB)に入社。海外旅行を中心に、法人の様々な課題を解決するツアー・イベント等を企画。その後、グループの福利厚生会社、JTBベネフィットで17年勤務、営業企画~取締役企画開発本部長等を経て、現職。JTBグループのHRソリューション全体のマーケティング・販売促進等を担当。
日本でエンゲージメントが低い原因は「価値観の不一致と心理的安全性の低さ」
JTBは旅行業のほか、地域創生に貢献する地域交流事業、ステークホルダーとの交流を支援するコミュニケーション事業、人事総務系ソリューション事業を軸とし、組織の価値向上を目指したサービスを提供しています。取引先は企業や団体のみならず、自治体や行政機関、学校・教育機関など多岐にわたります。そのサービスの一つがHRソリューションです。福利厚生、健康経営やワーケーションのサポートのほか、組織開発や人材開発、各種サーベイ、育成プログラムなどのサービスを提供。各組織が持つ課題にじっくりと向き合いながら、「働きやすさ」を整え、「働きがい」を高め、「イキイキ社員」を生み出すための各種ソリューションを提供しています。
組織変革支援システム「WILL CANVAS」をはじめとする「EVPサーベイ」、人財育成プログラム「ホスピタリティマネジメント」など、長年かけて培ってきた独自のノウハウと経験をもとに、多彩なメニューを企画・開発・運営。昨今は特にEVP・組織活性の分野に力を入れており、ビジョン浸透や組織活性によるエンゲージメントの醸成を目指したサービスも充実させています。
登壇した上山自身も海外旅行を中心に法人のさまざまな課題を解決するツアーやイベントを企画したのち、EVPサービスや組織活性化・福利厚生・健康支援を担うグループ内の子会社・JTBベネフィットに、事業立ち上げから関わってきました。上山は最近のテレワークの普及がエンゲージメント低下に大きく影響していると講演の冒頭で述べています。
- JTB上山
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「東京では、従業員300人以上の規模の企業におけるテレワークの導入率が約80%にも上っています。テレワークにはメリットもありますが、デメリットも見逃せません。注目すべきはコミュニケーション不足で、70%~80%が感じているという調査結果があります。また、90%近い人がエンゲージメントにマイナスに影響していると回答した結果も見られます。エンゲージメントの低下は、メンタルの不調や離職者の増加、イノベーティブな発想の阻害にも通じるものです。テレワークが常態化していくと、エンゲージメント低下は大きな課題になると考えられます。」
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エンゲージメントとは、「社員と会社が一体となって双方の成長に貢献しあう関係」を意味します。社員と会社が対等な関係にありながらお互いに価値を高めていき、働きがいを高めていくために相乗効果で貢献し合っていく関係であり、双方の間に成長・貢献の意欲が見られる状態を指します。エンゲージメントが高い社員とは、仕事の活動水準の高・低を縦軸、仕事への態度の心地・不快を横軸として、社員のタイプを四つの象限に分けたとき、仕事の活動水準が高・仕事への態度が快という領域に位置します。
- JTB上山
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「外国に比べて日本のエンゲージメントは非常に低いのですが、その原因は二つ考えられます。一つ目は価値観の不一致。個人の価値観と組織の価値観が一致(P-O Fit)した場合に、エンゲージメントが生まれて業績向上につながるのですが、社員の60%以上が自社の理念を説明できないというデータがあります。双方の価値観が一致していない状態が多いことがわかります。業績を上げている社員は理念行動をしているという相関データからも、個人と組織の価値観の擦り合わせの必要性は無視できません。
二つ目は心理的安全性の低さです。心理的安全性とはチームメンバーがリスクを取ることを安全だと感じて、お互いに対して弱い部分もさらけ出すことができる状態を指します。効果的なチームにとって心理的安全性が大事だという、Googleでの有名なレポートもあります。ミーティングで『何か質問はありますか』と聞いたのに誰も反応しない場合は、心理的安全性の低さが要因で発言しづらくなっていることが考えられます。」
「その企業で働く価値=EVP」がエンゲージメントを向上させる
エンゲージメントを高める解決策として、上山からEVPというキーワードをご紹介しました。EVPはEmployee Value Propositionの略で「社員が共感できる、その企業で働く価値」を意味します。従業員に対する概念は時代に合わせて変化してきましたが、現在は「人は経営に必要な資本であり投資の対象である」という人的資本経営の考え方が主流です。
- JTB上山
「人的資本経営では『従業員とは、人材として企業が積極的かつ戦略的に獲得や育成を行うべき対象』であると捉えます。そのため企業は『熱意を持って取り組める仕事』『一流の企業文化とリーダー』『優秀な同僚や職場の仲間』『業績に見合う報酬』『従業員が成長できる能力開発』『ワーク・ライフ・バランス』といった働く価値を従業員に提供する必要があります。ここから、「EVP=従業員に対して企業が提案できる価値」という発想は生まれました。つまり、EVPが推進されている会社では、『会社・事業の存在意義』を軸にして、ビジョン・人材活用・各種制度・労働環境・風土へと具体的に落とし込み、施策に反映させていきます。それらを通じて得られた経験や価値によって、会社と価値観が一致した自律した人材が育ち、会社はそんな人材の集合体として成長していきます。もちろん、人材と会社の間には心理的安全性が保たれます。」
ここで、EVP推進のメリットを3つご紹介します。一つ目は、社員のエンゲージメントが高まり、自律型人材が増えることです。生産性が向上し、イノベーティブな組織が醸成されていきます。二つ目は、自律型人材を介して会社のビジョン・考えが社外へと伝播することです。会社のビジョンや考えが世の中に伝わり、ブランディングにつながっていきます。三つ目は、ブランディングによって、会社のビジョン・考えに共感した人が集まることです。採用活動におけるマッチングの効果が高まり、入社後の定着率向上も見込めます。
社員のエンゲージメントが高まり、自律型人材が増える
自律型人材を介して会社のビジョン・考えが社外へと伝播する
ブランディングによって、会社のビジョン・考えに共感した人が集まる
サーベイを起点に、現状とビジョンのギャップを埋めてEVPを推進
EVPを進めるために、まずはサーベイから始めることをお薦めします。会社の現状を把握し、サーベイデータを分析し、現状とビジョンのギャップを埋めていくプロセスを活用します。
- JTB上山
「最初のステップは会社の現状把握です。弊社のサーベイでは、ビジョン・人材活用・各種制度・労働環境・風土にカテゴライズし、さらに細分化した組織診断の基本フレームを設けています。このフレームに合わせて、客観的に把握できるようビジュアル化、スコア化します。他社との比較もできますが、自社固有の課題を抽出し、テーマに沿って進めていくことが大事です。あるアンケートによると、サーベイを実施しても『結果のフィードバックが難しい』という回答が35%あり、『フィードバック後の具体的活動が難しい』という回答は57%にも及びました。ここからサーベイ結果の分析リポートを読み込んで、課題をしっかり読み取り、適切な行動に結びつけることの難しさがわかります。」
この分野を研究しているある大学教授は次のように指摘しています。「サーベイを行った後に、それを活用しないのであれば社員の時間の無駄になるから、やらないほうがいいぐらいだ」「サーベイを行ったのなら、それを絶対に活用しなくてはいけないが、その際に社員に対してネガティブワードを1回でも使ってはならない」。サーベイは実施するだけではなく、むしろその後の活用こそが重要であり、心理的安全性を損なわない心がけが求められるということだ。この二つは肝に銘じておくべきと述べています。
- JTB上山
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「最後のステップにあたるのが、サーベイ結果を受けて、現状とビジョンのギャップを埋めるために実施するさまざまな施策、研修です。企業理念を浸透させるワークショップ、女性向けのキャリア研修、ホスピタリティ&メソッド研修、管理職向けのモチベーション研修などの施策が考えられます。経営者がビジョンを発信しても認知されるのは約50%といわれます。認知した上で理解されるのは約40%。理解した上で行動に落とし込めるのは約30%。施策は一度きりでは効果は限定されてしまいます。何度も行うべきなのです。また、施策を実施する上で鍵となるのは『働きやすさ』と『働きがい』を刺激するアプローチです。『働きやすさ』を損ねて不満足を招く要因をできるだけ取りのぞき、『働きがい』を高める満足をもたらす要因をできるだけ増やしていきます。心理的安全性を確保しつつ、この二つを強化していくことが大切になります。」
「適材適所」「社歌」「未来のありたい姿」によるEVP推進事例
では、どんな課題意識を持って各社はEVP推進に取り組んでいるのでしょうか。サーベイからスタートしたいくつかの事例をご紹介します。一つ目は、レンタカー会社です。全国展開が進んでおり、地域の拠点は地場のレンタカー会社をフランチャイズ化して拡大させています。しかし急速な成長の一方で、離職者が多く、管理職候補がなかなか育たないという課題がありました。
- JTB上山
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「実態をヒアリングしていくと、原因は管理職層のマネジメント不足にあると判明しました。そこで管理職のマネジメントスキルを伸ばす研修、管理職の登用要件の整備に取り組みました。まずは、全社と部門ごとにサーベイを実施し、現状を可視化。社員全員のアンケート回答を元に課題を抽出しました。管理職研修では自分の部署をどう思うかを評価してもらい、実際のサーベイ結果と比較。ここで大きなギャップに皆さんが驚かれたのが印象的でした。このギャップを埋めるべく、次にサーベイ分析を踏まえて、各部署から選抜された管理職に向けて、実践的スキルを高めるロールプレイング研修を集中的に実施。同時に人事部では評価軸のための管理職の資質の研究を進めて制度に反映させました。研修の結果、マネジメント力が大きく向上した人と変化のない人という、管理職層の2極化が明確になりました。マネジメントに適した人と、他の業務に適した人といった個々人の特性が把握できたわけです。そこで各々の資質が活かされるような適材適所への配置換えが行われ、課題は次第に改善されました。」
二つ目にご紹介するのは、市場の卸売業の事例です。現場の社員は市場で朝2時ぐらいから昼まで、本部社員はオフィスで朝9時から夕方までという勤務の時間と場所の違いが原因となっており、一体感をつくりにくいという課題がありました。社員旅行やイベントの開催も物理的に難しいため、一過性ではなく長期間効果が持続する策が必要とされました。そこで提案されたのが、ビジョンを盛り込んだ社歌づくりです。
- JTB上山
「サーベイとアンケートでは、自社の魅力や特色、将来のありたい姿についての声を収集。グループワークショップも開いてリアルな声を収集しました。複層的に集めた声をプロジェクトメンバーと経営陣が集まってピックアップしたのち、プロの作詞家と作曲家の手を経て社歌を制作。社歌に合わせて、それぞれの職場で職員たちが一緒に踊る映像を撮影し、設立50周年のイベントで披露しました。その後も表彰式や昼休みなど、機会があれば音楽や映像を流し、カラオケにも加えています。今ではスマートフォンにインストールして電車の中で聞く社員もいるなど、社員たちは身近なところで繰り返し聴いたり歌ったりしながらビジョンになじむことができています。」
三つ目は、大手建設会社の事例です。従業員が増え、若年層は上層部の顔も知らない、また、お客さまへ感謝を表す機会がなかなか作れない、という課題がありました。そこで、120周年という節目を利用して、社内社外の交流のきっかけ作りを企画しました。
- JTB上山
「社史、周年記念のロゴ、スローガンの制作、それらを得意先も招いた周年記念式典で披露することと同時に、事前と事後にサーベイも実施しました。サーベイではビジョン、目的、エンゲージメントに対する理解度と意識の変化の把握を主なテーマに置いて、それらに関する項目を並べました。分析した内容からキーワードを抽出し、今までと現在および未来のありたい姿を描き、記念式典を通じて社内外で大々的に共有することができました。」
まとめ
コロナ禍により、企業と従業員のエンゲージメントに注目が集まっています。今回は、HRの一大イベント「HRカンファレンス2021-秋-」(2021年11月16-19、25-26日開催)での講演から、イキイキと人が躍動する組織作りのヒントとなる「EVP(従業員に対して企業が提案できる価値)」の考え方とエンゲージメントが上がらない2つの理由、エンゲージメントを上げる手法の1つであるサーベイの活用についてご紹介しました。最近はサーベイに対して、「既成の調査フレームではなく、自社独自のフレームで調査したい」「企業ロゴやビジョンソング、ダイバーシティやSDGsなど、従来のサーベイとは異なるテーマで調査し、それを専門家にサポートしてほしい」「これまで実施してきた調査フレームや物差しを見直したい」といった声が増えています。他社との比較よりも、自社の理念・ビジョン・目的をより追求したいという強い意志が読み取れます。そのためにもサーベイの軸を未来軸に置いた設計が重要です。自社の将来像を社員と一緒に描いていくプロセスは、EVPを高める大きな原動力になっていくはずです。ぜひ、貴社でも検討してみてはいかががでしょうか。
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