製薬業界でペイシェントセントリシティ(患者中心)の発想を持って、創薬、開発、医薬品供給に取り組む動きが広がりつつあります。本コラム記事では、製薬企業を取り巻く環境や、取り組み事例をご紹介しています。ぜひ、ご覧ください。
患者中心の医療実現に向けて
製薬業界でペイシェントセントリシティ(患者中心)の発想を持って、創薬、開発、医薬品供給に取り組む動きが広がりつつあります。ペイシェントセントリシティの専門部署を立ち上げる企業もあり、製薬企業社員が患者の声に耳を傾け、患者の視点を獲得しようとする試みが活発化してきました。
日本製薬工業協会は製薬企業におけるペイシェントセントリシティ活動を「患者から直接またはその家族や患者団体を通じて入手した患者の声を企業活動に活かすこと」と定義しています。これまでの医薬品開発は、製薬企業と医療関係者、規制当局が中心となり、製薬企業が患者の声を入手する場合には医療関係者を介しており、患者の声を直接入手することはあまり行われていませんでした。
現在は製薬企業の医薬品開発環境が大きく変化し、患者の視点に立って、患者がどのような薬を求めているのか、開発コンセプトはどのように立案すれば良いのかなど、医薬品を使用する患者の声を直接入手することが重要視されるようになりました。
臨床試験の変革
臨床試験の変革も進められています。具体的には、患者の意見を取り入れた治験計画の設計や同意説明文書の作成、患者による直接評価であるPROの活用、患者への治験結果の共有、患者への治験情報の提供などが挙げられます。臨床試験へのアクセスをより円滑にするための医療機関への来院に依存しない臨床試験手法として、分散化臨床試験(Decentralized Clinical Trials、DCT)の試行導入も増えてきました。
患者団体と製薬業界団体の協業
患者団体と製薬業界団体の協働も本格的に始動しています。癌や難病の患者会、アカデミア、製薬企業などが協働した「臨床試験にみんながアクセスしやすい社会を創る会」は、厚生労働省や日本製薬工業協会などとも連携し、2025年度には患者や医療者、研究者の全ての人が利用しやすい臨床試験情報プラットフォームを構築する計画を打ち出しました。
製薬企業側の意識の変化
さらに昨年からは、臨床試験のさらに上流となる非臨床研究段階から患者の声を取り入れるようになるなど製薬企業側の意識が大きく変化しています。製薬企業4社が協力して、患者との協働をテーマに、患者とメーカーの研究開発担当者が意見交換を行うイベントが開催されました。
このイベントでは、聴覚障害者の患者と家族が日常生活で気をつけていること、困りごとを発表し、製薬企業社員がそれらの声から得た気づき、学びを発信することで相互理解を進めました。製薬企業側の参加者からは「治療薬へのニーズが高いことが分かり、当事者から求められている補聴器なしで聞けるようになる治療の開発をしていきたい」などの声が上がっていました。
製薬企業は非臨床試験段階から協働する意義について「臨床研究の早い段階で、患者に直接、疾患の影響で引き起こされる日常生活での困りごとを収集することで、投与経路(経口や静脈内注射等)やその利便性等を確認するなど、今まで認識することが難しかった患者さんのニーズにより即した新規候補物質の方向性を定めることが可能」と説明しています。企業が医薬品開発の意思決定を下す上でも患者の声が重要な判断材料になっているともいえそうです。
アプリを使った取り組み事例
一方、アプリを通じて患者が抱えている問題を従業員に体験させる製薬企業もあります。ある国内大手は、炎症性腸疾患(IBD)、短腸症候群(SBS)の患者の日常での困りごとを体験できるアプリを開発。アプリを使ったプログラムを従業員に体験させることで、患者中心の考え方を醸成しています。
同プログラムは潰瘍性大腸炎薬などの提供を行う中で、患者理解をより深めたいという要望から生まれており、約350人の従業員が体験。薬剤がどのような場面で必要なのか、患者が何に悩むのかを患者視点を学ぶことで自分たちの業務でできることを具体的に考え、各従業員が主体的に仕事にフィードバックしています。
まとめ
ドラッグラグ・ロス問題の解消に向けても、製薬企業のペイシェントセントリシティ活動が解決策の一つになるかも知れません。製薬業界団体は医薬品の有効性・安全性のみならず、回復した患者の就労促進や介護者の負担軽減などによる労働生産性の改善など社会的価値が薬価に反映される仕組み作りを提言しています。医薬品の多面的価値を発掘していくためには、患者が抱える治療での不安や治療以外の困りごとは何かを追求し、それを解決するための方法論を社員1人ひとりが患者と共に考えていく企業文化の醸成が求められそうです。