顧客のロイヤルティ(愛着度)を数値化し、将来の収益性まで予測できる指標として注目されているのが「NPS®(ネット・プロモーター・スコア)」です。導入することで、これまでの満足度調査では把握しづらかった「顧客離れの兆し」を可視化できるようになります。
人口減少や競争の激化が進む今、既存顧客との関係性を深め、長期的な成長を描くことは避けて通れない経営課題の一つです。この記事では、その一助となるNPS®の基本からスコアの見方、成果につなげる仕組み、導入で失敗しないポイントなどを詳しく解説します。
ネット・プロモーター、ネット・プロモーター・システム、ネット・プロモーター・スコア及び、NPSは、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、NICE Systems, Inc.の登録商標又はサービスマークです。eNPSはベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、NICE Systems, Inc.の役務商標です。

NPS®とは?基本概念と従来の顧客満足度調査との違い
まずは、NPS®がどのような指標で、これまでの顧客満足度調査と何が決定的に違うのかを理解することから始めましょう。
NPS®の定義と導入目的
NPS®とは、顧客に対して「この企業(または製品・サービス)を友人や同僚に薦めたいと思いますか?」という質問を行い、その回答からロイヤルティを数値化した指標です。NPS®の目的は「顧客の満足度を測ること」ではなく、「顧客が将来この企業を支持し、継続的に価値をもたらしてくれるか」を把握することにあります。
推奨意向を聞くことで、実際の行動に結びつきやすい顧客の「本気度」を可視化できる点が、多くの企業で導入が進んでいる理由と言えます。
従来の顧客満足度(CSAT)との違い
NPS®とよく比較される指標に顧客満足度(CSAT)がありますが、両者は測っているものが根本的に異なります。顧客満足度は主に「過去の体験」に対する評価であり、その時点での満足度が高くても、必ずしも次の購入や契約更新につながるとは限りません。
一方でNPS®は、他者への推奨という「未来の行動」を予測する指標です。満足しているだけでなく、周囲に広めたいと思うほどの熱量があるかどうかを測るため、業績との連動性がより高いとされています。この違いを理解して使い分けることが、データ分析の第一歩となります。
なぜ今、NPS®が注目されるのか
NPS®が経営層から注目される理由は、単なる顧客評価の指標ではなく、収益性や顧客生涯価値(LTV)、成長率といった財務指標との関連性が明確に示されているからです。NPS®の開発元であるベイン・アンド・カンパニーの公開情報によると、Fortune 1000企業の3分の2以上が実際にこの指標を経営に取り入れています。
NPS®は「企業が顧客からどれだけ愛され、信頼されているか」を示すと同時に、事業の未来の収益性を予測できる指標として価値を持っています。不確実な時代だからこそ、確かな顧客との絆を数値で把握することの重要性が高まっているのです。
NPS®の算出方法とスコアの見方

スコア算出の基本式
NPS®の計算方法は非常にシンプルです。0~10点の11段階で評価してもらった回答者を分類し、「推奨者(9~10点)の割合」から「批判者(0~6点)の割合」を引くことで算出されます。「中立者(7~8点)」の割合は計算式には直接含まれません。
NPS® = 推奨者(9~10点)% - 批判者(0~6点)%
例えば、100人の顧客にアンケートを行い、推奨者が50人(50%)、中立者が30人、批判者が20人(20%)だったとします。この場合、計算式は「50% - 20%」となり、NPS®スコアは「30」となります。
スコアはパーセンテージ(%)ではなく、数値として扱われ、理論上はマイナス100からプラス100までの範囲で表されます。この数値が高いほど、顧客からの信頼が厚く、ポジティブな口コミが広がりやすい状態であると判断できます。
推奨者・中立者・批判者の分類と行動特性の違い
回答者は点数に応じて、以下の3つのグループに分類されます。
| 分類 | スコア | 特徴・行動特性 |
|---|---|---|
| 推奨者 | 9~10点 | 再購入率が高く、他者へ積極的に紹介してくれるロイヤルティの高い層です。企業のファンとして、継続的な利益をもたらします。 |
| 中立者 | 7~8点 | 一定の満足はしていますが、熱狂的ではありません。より良い条件があれば競合他社へ乗り換えるリスクがある層です。 |
| 批判者 | 0~6点 | 不満を抱えており、ネガティブな口コミを広める可能性があります。早急なケアや改善対応が必要な層です。 |
それぞれの層が持つ行動特性を理解することで、より効果的なアプローチが可能になります。
アンケート設計の要点
NPS®の価値を最大化するには、単に点数を聞くだけでは不十分です。なぜその点数をつけたのか、その背後にある「理由」を把握することにこそ、改善のヒントが隠されているからです。そのため、点数評価とセットで自由記述の質問を設けることが推奨されています。
「そのスコアをつけた主な理由を教えてください」といった問いかけを行い、顧客の率直な声を集めましょう。定量的なスコアと定性的なコメントを組み合わせることで、より具体的で効果的な改善策を立てることが大切です。
日本企業でNPS®が低く出やすい?その理由とは

グローバルに展開されるNPS®ですが、Qualtrics XM Instituteによる18カ国比較調査によると、日本における平均NPS®は欧米企業に比べて極端に低い数値が出ると指摘されています。
その背景には、日本独自の文化的な要因が潜んでいると考えられています。具体的には、日本人の回答傾向として、極端な評価を避けるサイレントマジョリティが多く、「5~7点」という中間的な点数に回答が集中しやすい特徴があります。これは、たとえサービスに満足していても、最高評価をつけることに慎重になる国民性が影響していると考えられます。
また、他者への推薦という行為に対して、「相手の満足に対して責任を持たなければならない」と重く捉える傾向もあります。そのため、よほどのことがない限り、安易に9点や10点といった推奨者のスコアをつけることをためらう心理が働き、結果としてスコアが低く出やすい傾向があるともいわれています。
そのため、自社の立ち位置を明確にするには、競合他社や業界平均と比較するのが効果的です。また、時系列でスコアの変化を追うことで、施策の効果を測定する定点観測の指標としても役立ちます。
NPS®を成果に変える「ネット・プロモーター・システム」の実践

NPS®の本質は「スコア」ではなく「システム」にあります。顧客の声を経営の中枢に組み込み、現場から経営まで一体となって改善サイクルを回す仕組み、それがネット・プロモーター・システムです。
経営哲学としてのNPS®:顧客中心文化を組織に根付かせる
NPS®を導入するということは、経営トップが「推奨者を増やし、批判者を減らすこと」を最優先事項として宣言することを意味します。これは単なる指標の導入ではなく、顧客中心の文化を組織の隅々まで浸透させるという経営哲学の表明でもあります。
売上の数字だけでなく、顧客からの信頼残高を重視する姿勢をトップが示すことで、現場の意識が変わることがポイントです。全社員が顧客ロイヤルティの向上を自分事として捉えられるような土壌づくりが、システムを機能させる大前提となります。
Inner Loop:現場で即改善を促すリアルタイム・フィードバック循環
改善のサイクルには2つのループがあります。1つ目は、現場レベルで回す「インナーループ(Inner Loop)」です。これは、顧客からのフィードバックを担当部署にリアルタイムで共有し、特に低評価の案件には即座に対応する「クローズドループ」を実践するものです。
顧客の不満に対してスピーディーにフォローを入れることで、批判者を推奨者に変えるチャンスが生まれます。また、現場の社員が顧客の声から直接学び、自律的にサービス品質を改善していく学習のサイクルとしても機能します。
Outer Loop:全社的な構造課題を特定し、戦略改善へつなげるプロセス
2つ目は、より大きな視点で回す「アウターループ(Outer Loop)」です。これは、個別の現場対応だけでは解決できない、製品の仕様や価格設定、業務プロセスといった構造的な課題を特定し、解決していくプロセスです。
部門横断的なプロジェクトを立ち上げ、データに基づいて戦略的な意思決定を行います。現場の努力だけでは超えられない壁を組織の力で取り除くことでNPS®を底上げし、持続的な競争力を高めることにつなげます。
NPS®調査の3つのタイプと適切な使い分け方

NPS®調査には、その目的やタイミングに応じて大きく3つのタイプがあります。これらを適切に使い分けることで、より解像度の高い顧客分析が可能になります。
リレーショナル調査 :ブランド全体のロイヤルティを測る定点観測
リレーショナル調査とは、四半期・半期・年次といった定期的なサイクルで実施する調査です。企業やブランド全体に対して、顧客がどのようなイメージやロイヤルティを持っているかを総合的に測定することを目的としています。
定期検診のように定点観測を行うことで、長期的な関係性の変化や、競合他社との比較が容易になります。経営レベルでのKPI設定や、中長期的な戦略の効果測定に適した調査手法といえるでしょう。
トランザクショナル調査:顧客接点ごとの改善ポイントを可視化する
トランザクショナル調査は、購入、問い合わせ対応、サポート完了、イベント参加など、顧客が具体的な体験をした直後に実施する調査です。個々のタッチポイントにおける顧客体験(CX=Customer Experience)の質を詳細に評価するために用いられます。
記憶が鮮明なうちにフィードバックを得ることで、具体的な改善ポイントを特定しやすくなるのがメリットです。現場のオペレーション改善や、担当者の評価・育成に活用する場合に、特に有効な手法です。
イベントNPS®:参加価値と投資利益率を可視化する方法
展示会やカンファレンス、社内イベントなどの評価にもNPS®は有効です。イベント終了後に参加者の推奨意向を測定し、その後の契約更新率やアップセル率といった行動データと組み合わせて分析します。
これにより、「そのイベントがどれほど事業成果に貢献したか」を定量的に示すことが可能になります。投資利益率が曖昧になりがちなイベント施策において、投資の正当性を証明する強力なツールとなります。
NPS®をKPIや投資利益率に直結させる実践プロセス

ここからは、NPS®を単なる「参考値」で終わらせず、KPI(重要業績評価指標)や投資利益率に直結させるための具体的な3つのステップを紹介します。
STEP01現状測定とロイヤルティドライバーの特定
まずは自社のNPS®を測定し、業界のベンチマークと比較して立ち位置を把握するところからスタートします。目指すべきゴールを明確にするには、現状を知ることが重要です。
次に、重回帰分析(重要度の高い項目を可視化する分析手法)などの統計手法を用いて、スコアに影響を与えている要因を探ります。「価格」「品質」「サポート対応」など、数ある要素の中で「何がスコアに最も大きく影響しているのか(ロイヤルティドライバー)」を特定します。
これにより、限られたリソースをどこに集中投下すればスコアが上がるのか、優先順位が見えてきます。
STEP02顧客セグメント別の改善戦略設計
続いて、顧客をスコアに応じて「推奨者・中立者・批判者」に分類し、セグメントごとに異なる改善戦略を設計しましょう。
例えば、批判者に対しては不満の解消を最優先し、これ以上の離反を防ぐ守りの施策が有効です。一方で、推奨者に対しては、より深い関係を築くための特別オファーや紹介プログラムの提供など、攻めの施策を展開します。
画一的な対応ではなく、顧客の熱量に合わせたコミュニケーションをとることで、施策の効率がぐっと良くなります。
STEP03財務指標との相関分析によるROIの可視化
最終ステップでは、NPS®改善が事業成果にどのようなインパクトを与えたかを証明します。スコア別の顧客生涯価値(LTV)や解約率、継続率などの財務指標を比較し、相関関係を分析しましょう。
「NPS®が1ポイント上がると、解約率が〇%下がり、利益が〇円増える」といった具体的な数値を算出できれば、CX改善への投資利益率が可視化されます。そうすれば、経営層への説明もしやすくなり、継続的な投資を引き出しやすくなります。
NPS®導入・運用で失敗しないための実践ポイント

ここでは、企業が陥りやすい失敗パターンを整理し、NPS®を「使える仕組み」として根付かせるための実践的な注意点を解説します。
調査設計の落とし穴とベストプラクティス(タイミング・頻度・質問数)
調査の質は、設計段階でほぼ決まります。アンケートを送るタイミングは「体験の直後」が最適で、記憶が鮮明なため回答率も高くなります。
しかし、頻繁に送りすぎると「調査疲れ」を招き、ブランド毀損につながるリスクがある点には注意が必要です。タッチポイントの重要度に応じて頻度を調整し、質問数も必要最小限に絞ることが大切です。
顧客の時間を奪っているという意識を持ち、回答しやすい設計を心がけることが、良質なデータを集めるポイントです。
回答率の確保と偏り(バイアス)を抑える工夫
アンケートには「非常に満足している人」や「強い不満を持つ人」が回答しやすく、中間層が沈黙する(サイレントマジョリティ)問題がよく発生します。回答数を増やすことだけを目的にすると、データが偏ってしまう恐れがあります。
重要なのは、「偏らず、現実を反映するサンプル」を集めることです。回答期限を短く設定したり、回答に対するインセンティブを工夫したりして、幅広い層からの声を拾い上げる工夫が求められます。
分析で終わらせない──体制づくりと外部リソースの活用
成功している企業に共通しているのは、分析担当部署だけで抱え込まず、改善に向けて組織横断で動く体制ができていることです。NPS®は単なる分析ツールではなく、「組織を動かすための共通言語」として活用することで、より大きな効果を発揮します。
社内のリソースだけで運用が難しい場合は、外部の専門パートナーを活用するのも一つの手です。客観的な視点を取り入れることで、社内のしがらみにとらわれない本質的な改善が進みやすくなります。
NPS®で成果を創出した企業の実例

ここでは、NPS®を実際の施策改善にどう活かしているのか、国内外企業の取り組みを具体的に紹介します。
01 株式会社立飛ホールディングス 様社員旅行の効果を可視化し満足度を向上
02 レック・テクノロジー・コンサルティング株式会社 様インセンティブ施策の効果を可視化し、次回企画へつなげる
NPS®ツールの選び方と導入判断のポイント

ここからは、NPS®の運用効果を高めるためのツールの選び方を解説します。
ツールを選ぶ前に整理すべき3つのポイント
ツール選定の前に、まずは「何を目的とするか」を明確にしましょう。「投資利益率を厳密に見たいのか、まずは顧客の声を集めたいのか」「分析は内製するのか、外部パートナーに任せるのか」「初期スコアの把握でよいのか、継続的な改善運用まで回したいのか」といった点を整理します。
これらが曖昧なまま導入すると、機能を持て余したり、現場の運用負荷が上がってしまったりする原因になります。目的を絞り込むことが、失敗しないツール選びの第一歩です。
規模・費用・導入難易度で選ぶ
多機能なツールは魅力的ですが、使いこなせなければ意味がありません。特に導入初期は、シンプルで扱いやすいツールから始めるのがおすすめです。スモールスタートで成功体験を積み、運用が軌道に乗ってから高機能なものへ移行するのも一つの方法です。
規模や予算、そして現場のITリテラシーに合わせて、無理なく運用を続けられるツールを選定しましょう。ツールはあくまで手段であり、継続できる環境を作ることの方が重要です。
目的に特化した外部サービスを活用して精度を高める
NPS®の分析精度や改善施策の質を高めたい場合は、目的に特化したサービスを活用するのもよい方法です。
例えばイベントや組織施策の効果測定に特化したい場合は、JTBの「効果測定アンケート」サービスも選択肢の一つです。NPS®を用いた定量的な分析から、具体的な改善提案までをサポートしており、イベントの投資利益率を可視化するのに適しています。
複雑なシステム構築なしで導入でき、専門的な知見に基づいたレポートが得られるため、手軽かつ本格的に効果検証を始めたい企業におすすめです。
よくある質問(FAQ)

最後に、NPS®に関してよく寄せられる疑問にお答えします。
NPS®はどのくらいの期間で改善する?
NPS®は一朝一夕に変わる指標ではなく、継続的な改善の結果として現れるものです。施策の内容にもよりますが、すぐに成果を求めるのではなく、中長期的な視点で推移を見守る姿勢が大切になります。
短期的なスコアの上下に一喜一憂するのではなく、顧客体験が確実に良くなっているか、現場の行動が変わっているかというプロセスに目を向けるようにしましょう。
少ないサンプル数でも信頼できる?
統計的な信頼性を確保するには、一般的に200~400件程度の回答が望ましいとされています。しかし、BtoBビジネスや高単価商材など、そもそも顧客母数が少ない場合は、この限りではありません。
サンプル数が少なくても、全顧客に対する回答率を高めたり、自由記述の内容を深く分析したりすることで、十分に有益な示唆を得ることは可能です。数よりも質の高いフィードバックを集めることに注力するとよいでしょう。
スコアが「マイナス」になっても大丈夫?
NPS®が低く出る傾向がある日本では、マイナスのスコアが出ること自体は決して珍しくありません。重要なのは、「今の点数が何点か」という絶対値よりも、「前回と比べてスコアが向上しているか」という成長の推移です。
マイナスであっても、そこには「なぜ推奨しないのか」という貴重な改善のヒントが詰まっています。点数の低さに落胆するのではなく、そこをスタート地点として、改善活動によってスコアがどう変化したかを評価の軸に置くとよいでしょう。
まとめ

NPS®は、単に顧客ロイヤルティを測定するための指標にとどまらず、顧客の声を起点に組織全体を動かすための「経営システム」として機能します。重要なのはスコアそのものではなく、そこに込められた顧客の本音と向き合い、改善のサイクルを継続的に回し続ける姿勢です。
変化の激しい環境のなかで選ばれ続ける企業になるためには、現場と経営が一体となり、顧客体験を磨き続けることが欠かせません。JTBでは、NPS®の現状把握から改善設計、効果測定まで、企業の段階に合わせた支援が可能です。顧客中心の経営へ踏み出したい方は、まずはお気軽にお問い合わせください。
