健康経営は、もはや単なる福利厚生や人事施策ではありません。少子高齢化による労働力不足、リモートワークの定着、人的資本開示の義務化など、激変する経営環境において企業の持続的成長を実現する「戦略的投資」として捉えられるようになっています。
本記事では、経済産業省の最新定義から実践的な導入方法、投資効果の測定まで、健康経営を成功へ導くポイントをわかりやすくご紹介します。

健康経営とは企業の未来を創る「戦略的投資」である

「健康経営」とは単なる福利厚生ではなく、企業が持続的に成長していくための大切な経営の考え方です。ここでは、経済産業省の定義や人的資本経営との関連性から、その背景にある考え方と価値を解説します。
経済産業省が定義する「健康経営」
経済産業省は健康経営を「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」と定義しています。従業員の健康保持・増進への投資は、活力や生産性の向上、離職抑制などを通じて、業績や企業価値の向上に直結するという考え方が前提にあります。
つまり健康経営とは、福利厚生の延長ではなく、将来的なリターンが期待できる「投資」と捉えるべき取り組みです。従業員の健康を企業の競争力強化と結びつけることで、持続的な成長を支える経営戦略の一部として位置づけられているのです。
人的資本の価値を高める経営手法としての位置づけ
人的資本経営において、従業員の知識・スキルという無形資産の基盤となる「健康」に投資することは、最も根本的な経営手法といえます。健康な従業員は高いパフォーマンスを発揮し、創造性を生み出し、組織全体の活力を高める効果が期待できます。まさに、人的資本の価値を最大化する土台作りといえるでしょう。
さらに、この投資により形成される健康風土やノウハウは「健康資源」として蓄積されます。これは一過性の効果ではなく、将来の更なる投資対効果を高める循環的な仕組みとして機能し、企業の持続的成長を支える基盤になります。
なぜ今、健康経営が必要なのか?経営環境と背景

労働力不足やメンタルヘルス課題の増加といった経営環境の変化により、健康経営の必要性が高まっています。ここからは、現代企業が直面する課題と、健康経営が注目される背景を解説します。
2030年644万人の労働力不足という危機
日本の生産年齢人口は急速に減少しており、2030年には約644万人もの労働力不足が予測されています。この深刻な人手不足の中、既存従業員の健康を維持・向上させ、長く活躍してもらうことは、企業の存続に直結する重要な課題です。
労働力が限られるからこそ、一人ひとりのパフォーマンスを最大化する必要があります。健康経営は、従業員の心身のコンディションを整え、限られた人材を最大限に活かすための「必須の経営戦略」といえます。
リモートワークによるエンゲージメント低下の実態
コロナ禍で急速に普及したリモートワークは、通勤負担の軽減といったメリットをもたらした一方、新たな課題も生み出しました。その代表例が、従業員間のコミュニケーションの希薄化です。対面での雑談や非公式な情報交換が減少し、組織への帰属意識の低下を招いています。
こうしたエンゲージメントの低下は、従業員の孤立感やモチベーションの悪化を招き、放置すれば生産性の低下や離職につながるリスクとなります。そのため、リモート環境下では、つながりを生み出す工夫や、メンタルヘルスケアの強化がこれまで以上に重要とされています。
メンタルヘルス不調者の増加と企業リスク
職場のメンタルヘルス不調者は年々増加傾向にあり、この問題は企業経営に深刻な影響を与えるようになりました。不調者が発生すると、長期休職や離職による直接的な労働力の損失だけでなく、周囲の従業員の業務が増えるといった間接的な損失も発生してしまいます。
さらに、休職には至らずとも生産性が低下する「プレゼンティーズム」や、安全配慮義務違反による労災リスク、企業イメージの毀損など、その影響は多岐にわたります。メンタルヘルス対策は、今や企業を守るための重要なリスクマネジメント施策といえるでしょう。
人的資本開示義務化とESG投資の加速
2023年から有価証券報告書への人的資本情報開示が義務化され、投資家は従業員の健康やウェルビーイングを重要な投資判断材料としてみなすようになりました。経営における「人」の価値が、非財務情報として明確に評価される時代になっています。
この流れは、ESG投資(Environment=環境・Social=社会・Governance=企業統治の観点で企業を評価する投資手法)の拡大とも連動しています。投資家は、従業員の健康に配慮する企業を持続的成長が見込めるとして高く評価します。健康経営への取り組みは、資金調達力・企業価値・ブランド力を左右する経営戦略として位置づけられているのです。
プレゼンティーズムによる年間損失額の衝撃
出勤しているものの心身の不調により生産性が低下している「プレゼンティーズム」による損失は、アブセンティーズム(欠勤)の損失をはるかに上回ることが明らかになっています。この「目に見えない損失」は、企業の収益性を大きく圧迫する要因となっています。
ある調査では、日本企業における健康関連コストの約77.9%がプレゼンティーズムによるものと試算されており、その経済的影響は甚大です。健康経営によるプレゼンティーズムの改善は、企業収益を大幅に向上させる可能性を秘めています。
健康経営のメリット|経営層・従業員・社会への価値創出

健康経営には、組織の生産性の改善や従業員の働きがい、企業価値の向上など、多方面に効果が広がるという特長があります。海外の研究では、健康経営への投資が複数の効果を通じて高いROI(投資利益率)を生むことも示されており、企業にとって戦略的価値の高い取り組みといえます。
ここからは、企業が得られる具体的な成果をテーマごとに整理して紹介します。
生産性向上と企業価値の向上
健康経営により従業員のプレゼンティーズムが改善されることは、生産性の向上に直結します。心身ともに健康な従業員は、より創造的で革新的なアイデアを生み出し、組織全体のパフォーマンスを向上させる原動力となることが期待できます。
こうした個々のパフォーマンス向上は、組織全体の活力となり、最終的には売上高や利益率の改善として財務諸表に反映される点もメリットです。従業員の健康という基盤が強固になることで、企業活動の質が高まり、企業価値が向上していくのです。
医療費削減とリスクマネジメント
健康経営による予防的アプローチは、従業員の健康増進を促し、中長期的に企業が負担する医療費を削減する効果が期待できます。生活習慣病の予防や早期発見が進めば、法定福利費の増加を抑制することにもつながります。
同時に、健康経営は強力なリスクマネジメントの観点からも注目されています。メンタルヘルス不調による休職・離職、健康起因による事故や労災といったリスクについても、発生の抑制や早期対応につながる可能性があるためです。
ウェルビーイングとワークライフバランス
健康経営は従業員の心身の健康を支援し、WHOが定義するウェルビーイング(肉体的、精神的、社会的に完全に満たされた状態)の実現を目指す取り組みです。その本質は、病気を未然に防ぐことだけでなく、従業員が安心して働き、能力を最大限に発揮できる環境を整えることにあります。
健康経営に取り組むことで、柔軟な働き方の推進や有給休暇の取得促進、家族との時間の確保などが進み、従業員のワークライフバランスが改善します。これらの取り組みは、従業員が心身ともに健康で安心して働ける環境づくりにつながり、最終的にウェルビーイングの実現を後押しします。
エンゲージメントと働きがいの向上
企業が従業員の健康に真摯に向き合う姿勢は、「自分たちは大切にされている」という実感を与えることもポイントの一つです。その実感が組織への信頼や帰属意識を高め、結果としてエンゲージメント(組織への愛着や貢献意欲)の向上につながります。
エンゲージメントが高い従業員は、自発的に業務改善に取り組むなど、組織の目標達成に向けて積極的に貢献することが期待できます。
優秀人材の獲得と定着率向上
健康経営優良法人に認定されると、求職者に対して「ホワイト企業」であることを客観的に証明する強力なアピール材料となります。特に、給与だけでなく働きやすさや企業の価値観を重視するZ世代などの若手人材に、魅力を感じてもらいやすくなるのがメリットです。
さらに、健康経営は採用だけでなく「定着率向上」にも効果を発揮します。働きやすい環境が従業員の満足度を高めて離職率を低下させると、採用コストの削減に加え、社員の貴重な知識やスキルが失われずに「組織のノウハウ」として蓄積されていく、という好循環が生まれるのもメリットです。
ESG評価と株価への好影響
ESG投資の拡大により、人的資本への適切な投資を行う企業は投資家から高く評価される時代となりました。健康経営は、まさにESGの「S(社会)」の中核をなす取り組みと位置づけられています。
この評価は、具体的な株価パフォーマンスにも表れています。経済産業省の資料によると、健康経営度調査のスコアが高い企業の株価パフォーマンスは、TOPIX平均を上回る推移を示しており、健康経営が持続的な成長力を支える根拠のひとつとなっています。
健康経営優良法人認定による信頼獲得
健康経営優良法人認定は、国が定める基準をクリアした証であり、取引先、顧客、地域社会からの信頼を高める重要な認証です。社外に対し、「従業員を大切にする健全な企業である」ことを客観的に証明できます。
認定企業は、公式の認定ロゴマークを営業資料や採用媒体で活用でき、企業ブランドの向上に大きく貢献します。BtoB取引での信頼性担保や、BtoCでのイメージ向上など、事業活動のあらゆる場面でポジティブな影響をもたらすでしょう。
健康経営の課題と解決の方向性

健康経営は多くの企業で成果を上げていますが、導入や運用の過程では思わぬ壁に直面することもあります。ここでは、形骸化や効果測定の難しさなど、取り組みを停滞させる要因とその回避策を整理します。
初期投資と効果発現までのタイムラグ
健康経営は初期段階で、外部サービスの導入費用や体制構築費など、相応の投資が必要です。さらに重要な点は、これらの投資効果が財務指標に表れるまでには、一般的に2~3年を要することです。
この「効果発現までのタイムラグ」が、推進の障壁となることがあります。短期間での成果を期待する経営層の理解を得にくく、予算の継続確保が課題になる場合も少なくありません。だからこそ、健康経営は中長期的な投資であるという共通認識を持つことが大切です。
「やらされ感」による形骸化リスク
トップダウンで一方的に押し付けられる健康施策は、従業員の反発を招きがちです。例えば、個人の事情を考慮しない画一的な指導は、善意であっても「監視」や「強制」と受け取られ、参加率の低下や形骸化につながります。
こうした「やらされ感」は、施策の失敗に直結しかねません。健康経営の本来の目的は、従業員が自律的に健康に関心を持つことです。そのためには、一方的な押し付けではなく、従業員のニーズを反映した多様な選択肢や、楽しさを感じられる工夫が必要です。
効果測定の難しさと成果の可視化
健康投資の効果を定量的に測定することは簡単ではなく、推進の障壁となることがあります。
施策から成果が出るまでには時間がかかるうえ、「どの施策がどれだけ業績に貢献したか」の因果関係を明確に示すことは容易ではありません。その結果、経営層への説明に苦慮し、予算の継続確保が難しくなるケースも多くみられます。
健康投資管理会計ガイドラインの活用と、定性・定量両面からの評価体系構築が解決の鍵となるでしょう。
健康経営優良法人とは?社会的信用を獲得する仕組み

健康経営を推進するうえで、まず目標にしたいのが「健康経営優良法人」の認定です。この制度は、企業の取り組みを客観的に評価し、社会的信用を高める仕組みとして広く活用されています。
ここでは、上位制度ともいえる「健康経営銘柄」との違いや、認定取得のメリット、準備の流れをわかりやすく整理します。
健康経営銘柄と健康経営優良法人の違い
「健康経営銘柄」と「健康経営優良法人」は、どちらも健康経営の取り組みを評価する制度ですが、目的や対象に違いがあります。
「健康経営銘柄」は上場企業を対象に経済産業省と東京証券取引所が選定する推薦型の制度で、各業種からわずか数社のみが選ばれるトップクラスの称号です。
一方、「健康経営優良法人」は上場・非上場を問わず企業が自ら申請して取得を目指せる制度で、健康経営の第一歩として多くの企業が挑戦しやすいのが特徴です。
認定はゴールではなく、自社の取り組みの質を磨き、継続的な改善を促すための指標として活用することが重要です。
ホワイト500・ブライト500認定の取得メリット
ホワイト500(大規模法人部門)・ブライト500(中小規模法人部門)は、健康経営優良法人の中でも特に優れた取り組みを行う企業に与えられる特別な称号です。各部門の上位500社が選定され、健康経営の先進企業として高く評価される証となります。
認定企業は公式ロゴマークを採用活動や営業資料に活用でき、企業イメージや信頼性の向上に直結します。さらに、自治体の公共調達での加点や金融機関の金利優遇など、具体的な経済的メリットを受けられる点も大きな魅力です。
認定取得までの流れと必要な準備
健康経営優良法人の認定取得は、いくつかのステップで進みます。まず、中小規模法人部門の多くは、加入している保険者(協会けんぽ等)の「健康宣言事業」への参加が第一歩です。その後、大規模・中小規模ともに、年に一度実施される「健康経営度調査」に回答し、その結果をもとに申請・審査が行われます。
これらをスムーズに進めるには、早めの準備が大切です。調査では施策の実施状況だけでなく実績データも求められるため、少なくとも6カ月前、できれば1年前から体制づくりやデータ収集を始めておくと安心です。
健康経営の始め方|導入から定着までの7ステップ

健康経営を「言葉」だけで終わらせず、組織に根づかせるには明確なプロセス設計が欠かせません。ここでは、経営トップの健康宣言から効果測定(PDCA)まで、導入手順を7つのステップで体系的に解説します。
STEP1経営トップのコミットメントと健康宣言
健康経営の成功は、経営トップの強いコミットメントから始まります。全社的な取り組みであり、継続的な投資も必要なため、社長自らがその重要性を理解し、推進の旗振り役となることが欠かせません。
このトップの決意を、社内外に示す具体的な行動が「健康宣言」です。これは、企業が従業員の健康づくりに取り組むことを公式に宣言するものです。宣言文を策定し、社内外に公表することで、経営層と従業員が一体となって健康経営を進める土台が整います。
STEP2推進体制の構築(人事・経営・産業保健の連携)
効果的な健康経営には、関係各所が密に連携する、組織横断的な推進体制が必要です。人事部門だけでなく、方針決定や予算確保を担う「経営層」、専門的知見から支援する「産業保健スタッフ」が中心となるのが一般的です。
さらに、従業員の医療費データを保有する「保険者(健康保険組合や協会けんぽ)」との連携も、課題分析の精度を高めるためには重要です。これら関係者が一体となって施策を推進する委員会などを設置し、定期的に情報交換を行うことが実効性を高めるポイントです。
STEP3健康課題の可視化とデータ分析
自社の健康課題を客観的に把握するには、健康診断結果やストレスチェックに加え、残業時間・有給取得率・離職率などの働き方データを総合的に分析することが重要です。
これらを掛け合わせることで、どの部署に負荷や不調の兆しがあるのか、どんな傾向が見られるのかが具体的に見えてきます。
他社の事例をまねるのではなく、自社の実態をデータで可視化し、優先すべき課題を明確にすることが、効果的な施策づくりの第一歩です。
STEP4健康経営戦略マップの作成
健康経営戦略マップは、健康投資から経営課題解決までのストーリーを可視化する重要なツールです。このマップがあることで、経営層や従業員に対し、健康投資の目的と意義を具体的に説明しやすくなります。
作成のポイントは、最終的な「経営課題」から逆算して考えることです。戦略マップのより詳細な設計方法や、経済産業省ガイドラインを活用した具体的な可視化手法については、次章で解説します。
STEP5経営課題と連動した施策の立案
可視化された健康課題と経営戦略を踏まえ、実際の施策を立案します。重要なのは、思いつきではなく経営課題と直接結びついた具体的なアクションプランに落とし込むことです。
施策には必ず定量的な目標(KPI)を設定します。例えば、「メンタルヘルス研修の実施」であれば、「研修参加率80%以上」「高ストレス者率を5%低減」といった具体的な数値目標を置くことで、後の効果検証(STEP7)につなげます。
STEP6施策の実行と従業員への浸透
立案した施策を効果的に実行するには、従業員の理解と自発的な参加が欠かせません。会社が一方的に押し付けるだけでは、「やらされ感」が募り、施策は形骸化してしまいます。施策の目的と期待効果を丁寧に説明し、共感を得ることが重要です。
参加率を高めるためには、広報活動の工夫も求められます。トップからのメッセージ発信や、施策そのものにゲーム性や楽しさを組み込むこと、参加へのささやかなインセンティブ(健康ポイントなど)を用意することなどが、施策を組織文化として定着させるうえで重要です。
STEP7PDCAサイクルによる継続的改善
健康経営は一度の施策実行で終わりではなく、継続的なPDCAサイクルを回すことが成功のポイントです。施策の実施後は、設定したKPIの達成度を定期的に測定し、その結果を評価・分析しましょう。
数値目標だけでなく、従業員アンケートで満足度や改善点を把握することも重要です。これらの検証結果に基づき、施策の「何が良くて、何が課題だったのか」を分析し、次年度の計画を修正・改善します。この地道なサイクルが、健康経営を企業文化として根づかせます。
健康経営戦略マップによる投資効果の可視化手法

健康投資の成果を社内で理解・共有するには、投資と成果の関係を「見える化」することが欠かせません。ここでは、経済産業省の「健康投資管理会計ガイドライン」をもとに、健康経営戦略マップを活用して投資のストーリーを明確に描く方法を紹介します。
健康投資管理会計ガイドラインを基盤としたマップ設計
健康経営戦略マップは、経済産業省の健康投資管理会計ガイドラインを基盤として設計するのが一般的です。
このガイドラインは、健康投資の内容や成果を「①投資額」「②施策内容」「③効果指標」という統一フォーマットで「見える化」し、内部管理と外部開示の両面で活用できるフレームワークです。
どの施策にいくら投資し、それがどう成果につながったのか。その関係を一目で示すことが、マップ設計の出発点となります。
経営課題から逆算したストーリー構築
健康投資を効果的に設計するためには、経営課題から逆算して全体像を整理することが重要です。健康投資を「行動変容→健康関連目標(KGI)→経営課題解決」という流れで結びつけることで、マップ上に因果関係を明確に描けます。
このストーリーを明確にしておくと、人事部門と経営層が共通言語で議論できるようになり、健康投資の意義を論理的に説明しやすくなる点もメリットです。
効果測定と継続的な改善
戦略マップの最終段階では、設定した目標や仮説を実際の指標で検証します。
プレゼンティーズム(不調による生産性低下)やアブセンティーズム(欠勤)、ワークエンゲージメント、医療費などのデータを活用し、施策の成果を多角的に測定しましょう。
これにより、マップ上で描いたストーリーが実際にどの程度機能しているかを確認でき、次の改善サイクルにつなげられます。
次世代の健康経営施策

これからの健康経営では、「制度を整える」だけでなく、従業員が自ら健康と向き合い、前向きに行動できる環境づくりが重視されています。ここでは、そうした潮流を踏まえ、JTBの「次世代の健康経営施策」を紹介します。
体験価値中心の施策
従来の画一的な健康指導は、従業員に「やらされ感」を与えがちでした。次世代の健康経営では、従業員が自ら「参加したい」「楽しい」と感じるような、体験価値を中心としたアプローチが重視されています。
例えばJTBの「ヘルスツーリズム」は、旅という非日常の体験を通して、心身のリフレッシュと行動変容を促すプログラムです。森林浴や温泉浴、地産食材を活かした食体験、セルフモニタリングなどを組み合わせ、五感を刺激しながら健康意識を「自分ごと化」します。
一人ひとりの自己効力感を高めるこの仕組みが、組織のウェルビーイング文化の醸成にもつながります。
予防的メンタルヘルスケア
これまでのメンタルヘルス対策は、不調者発生後の「事後対応」が中心でした。しかし、経営リスクや生産性維持の観点から、不調者を未然に防ぐ「予防的メンタルヘルスケア」の重要性が急速に高まっています。
そのソリューションの一つがJTBの「こことり®」です。これは、旅の思い出を語り合う「対話型」プログラムで、認知行動療法の「行動活性化」理論を応用しています。
過去のポジティブな体験を振り返り、前向きな感情を再び呼び起こすことで、気持ちの停滞をやわらげ、「また動いてみよう」という意欲を引き出します。
心理的なハードルを下げ、従業員が自ら心のセルフケアを実践できるよう支援するこの取り組みは、企業のメンタルヘルス戦略における新たな選択肢となり得ます。
多様な働き方を支える公平な福利厚生
リモートワークの定着やライフスタイルの多様化により、従来の福利厚生が働き方にそぐわなくなるケースが増えています。例えば「社員食堂」は、在宅勤務者や地方拠点の従業員にとっては不公平な制度となりがちです。
次世代の健康経営では、どのような働き方でも公平に恩恵を受けられる制度設計が求められます。たとえばJTBが取り扱う「チケットレストラン」は、全国約6万店舗で利用できる食事補助サービスで、働く場所を問わず健康的な食生活を支援します。オフィス勤務者だけでなく在宅勤務者・地方拠点勤務者も同じように恩恵を受けられるため、公平性と満足度が高いのが特徴です。
導入企業では、従業員エンゲージメントの向上や離職率の低下にも寄与しており、非課税制度を活用できる経済的メリットも評価されています。
【企業規模別】健康経営の導入戦略

健康経営の推進方法は、企業規模によって最適なアプローチが異なります。ここでは、大企業、中堅企業、中小企業それぞれに適した導入戦略と、進め方のポイントを解説します。
大企業(1,000名以上)|組織横断的な戦略展開
大企業では、全社統一の方針のもと、「健康経営推進室」などの専門組織を設置し、強力な推進体制を構築することが第一歩です。この専門組織がハブとなり、人事、産業保健スタッフ、健保組合と連携した包括的なアプローチを実施します。
ただし、全社一律の施策だけでは現場の実態に即さない可能性があります。大企業では、本社、工場、営業所など、拠点や部門ごとに抱える健康課題が異なるためです。そのため、全社共通の基盤施策と、各部門の特性を考慮した施策を組み合わせる、組織横断的な戦略展開が効果的です。
中堅企業(100~999名)|選択と集中による効率的導入
中堅企業では、限られたリソースを最も効果的な施策に集中投資する「選択と集中」戦略が有効です。大企業ほどの潤沢な予算や人員は割けない一方、経営層と従業員の距離が近く、トップの意向が浸透しやすいのが強みです。
まずは健康診断データやストレスチェック結果を分析し、自社にとって最も優先度の高い健康課題(例:メンタル不調者の増加など)を特定します。そして、あれこれと手を出すのではなく、その特定された課題の解決に最もインパクトのある施策に絞って、集中的にリソースを投下するのが推奨されます。
中小企業(99名以下)|健康宣言から始める段階的アプローチ
中小企業は、協会けんぽの健康宣言事業への参加から始め、段階的に取り組みを拡大していくアプローチが現実的です。専任の担当者を置いたり、高額なサービスを導入したりすることは難しいため、まずはコストをかけずにできることから始めるのがよいでしょう。
その第一歩として、社長が「従業員の健康づくりに取り組む」と宣言する「健康宣言」がおすすめです。トップと現場の距離が近いことを活かせば、自然と一体感が生まれやすくなります。まずは「健診受診率100%」など身近な目標からスタートし、徐々に認定取得を目指していくのがスムーズです。
健康経営を後押しする外部支援制度の活用

健康経営に取り組む企業は、国や自治体、金融機関などが提供するさまざまな支援制度を活用できます。ここでは、代表的な支援制度を紹介します。
都道府県別の健康経営支援制度
健康経営の推進は国だけでなく、全国の自治体でも強力に推進されており、独自の支援制度が設けられています。これらの制度を活用することで、特にリソースが限られる中小企業は、取り組みの第一歩をスムーズに踏み出すことがしやすくなります。
<例>
支援の内容は、健康経営の専門家派遣やセミナー・研修の実施、自治体独自の基準の融資制度などさまざまです。
金融機関の優遇融資制度
健康経営優良法人認定企業に対して、多くの金融機関が金利優遇融資を提供しています。これは、認定企業が「持続的成長が見込める優良企業」として高く評価されるためであり、資金調達の面で具体的なメリットをもたらします。
金融機関にとっては、健康経営を実践する企業は従業員の定着率が高く、生産性も安定しているため、貸し倒れリスクが低い優良な融資先と判断されます。企業にとっては、健康経営への取り組みが、財務コストの低減という直接的な経済的メリットにつながります。
まとめ

健康経営は、従業員の健康を守るだけの施策ではなく、企業の生産性と持続的成長を支える「戦略的投資」です。健康な従業員が生み出す高いパフォーマンスと創造性は、組織全体の活力となり、ひいては企業価値の向上へとつながります。
また、健康経営を定着させるには、データ分析や戦略マップによる可視化、継続的なPDCAの実践が欠かせません。
JTBでは、体験価値を活かしたプログラムを通じて、企業の健康経営を総合的に支援しています。そのなかでも、「従業員が楽しみながら健康への気付きを得られる」として注目されているのが「ヘルスツーリズム」です。このプログラムでは、地域資源を活かした運動・栄養・休養の体験により、非日常空間での学びが日常の行動変容につながることが期待できます。
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ヘルスツーリズム認証(運用:ヘルスツーリズム認証委員会)
