人材開発は、研修・サーベイ・評価制度等の仕組みを用意するだけでは機能しません。経営戦略と人材戦略の方向性が合致し、実際に活かされてこそ意味を持ちます。しかし現場では、それらの仕組みを「続けること自体」が目的になり、形骸化しているケースも少なくありません。
本記事では、人材開発が形だけになってしまう背景を整理したうえで、企業の価値や戦略と結び直し、現場で成果につながる仕組みへ変えていく方法をわかりやすく解説します。

人材開発とは

人材開発は単なる研修プログラムの実施ではなく、企業の持続的成長を支える経営戦略と一体の活動として、その重要性が高まっています。まずは、従来の「育成」から「価値共創」へとパラダイムシフトする人材開発の本質を解説します。
人材開発の定義と本質
労働市場の問題に特化した英国のジャーナリストであるスティーブン・オーヴェレルは人材開発をこのように定義しています。
「人材開発とは、組織の戦略的目標を達成するために、従業員の能力を育成し、学習文化を醸成し、キャリア開発を支援する、計画的かつ継続的なプロセスである」
この定義が示すように、人材開発は、単なるスキルアップに留まらず、事業戦略と密接に連携し、従業員一人ひとりのキャリア形成を支援しながら、組織全体で学び続ける文化を育むことが求められています。
従業員の成長が組織のイノベーションや生産性向上につながり、最終的に企業価値の向上を実現することを目的とし、個人の成長と組織の持続的成長を両立させる戦略的な働きかけこそが人材開発の本質といえます。
人材育成・組織開発との違い
人材開発と似た言葉に人材育成・組織開発がありますが、それぞれ内容が異なります。
人材開発が個人の能力や経験を中長期的に高め、将来の役割やキャリア実現まで視野に入れて設計される仕組みである一方、人材育成はOJTや研修などを通じて、業務遂行に必要なスキルを身につけさせる取り組みです。
そして組織開発は、個人ではなく、チームの関係性・風土・プロセスといった「人と人の間」に働きかけ、組織全体の生産性や健全性を高めるアプローチを指します。
経営戦略の実現には、これら3つを統合的に進めることが重要です。
現場の実態:形骸化する人材開発の3つの構造的問題

多くの企業で人材開発が思うような成果につながらない背景には、取り組みそのものよりも、前提となる仕組みや設計の段階にズレがあることが少なくありません。ここでは、現状生じている主だった3つの事象を整理します。
① サーベイ疲れ-測定だけで改善しない悪循環
エンゲージメントサーベイや意識調査が実施されていても、中長期視点からの実施目的の説明、また結果のフィードバックや施策アップデートの改善行動に結びつかない状態が続くと、従業員は「どうせ変わらない」と感じ、回答の質や参加率が低下していきます。
これは、数値の上下だけを追い、何のために実施するのか、なぜそうなったのかという要因分析や対話のプロセスが欠けていることが要因として挙げられます。MSQ(モチベーション分析)など、行動の背景に踏み込む診断や、部門単位での対話設計が求められます。
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② 施策疲れ-参加率低迷の根本原因
研修やワークショップを実施しても参加率や満足度が伸びない背景には、従業員にとって「受ける意味」や「業務とのつながり」が見えづらいことが考えられます。
多くの施策は単発で実施され、学びが実務や評価とつながらないまま終わってしまいがちです。その結果、「受けても変わらない」「忙しいだけ」と感じ、学習意欲が低下します。
業務課題と紐づくテーマ設定、実践フェーズの支援、上司による動機付け支援など、学びの循環をつくる設計が不可欠です。
③ 人材開発の形骸化-制度はあるのに意味を失う
人材開発の目的や意義は当初共有されていても、施策を繰り返すうちに「なぜ行うのか」よりも「続けること」自体が目的化してしまうことがあります。成果や変化につながる前に次の研修やサーベイが実施され、振り返りや現場への定着プロセスが置き去りになることで、やがて形だけが残る状態になります。
本来の人材開発は、事業戦略とつなげながら、実施(研修等)→実践(学びを現場で活かす)→見直し(現場での効果有無のフィードバックを得る)を循環させてこそ機能します。
解決の鍵:EVP(従業員価値提案)を軸とした戦略的人材開発

人材開発が形骸化する背景には、従業員への価値提供と施策の目的が分断されたまま進められていることがあります。ここでは、EVP(従業員価値提案)を軸に、人材開発を経営戦略と結び直す方法を解説します。
EVPとは何か-MVVやパーパスとの違い
EVP(Employee Value Proposition=従業員価値提案)は、単なる理念やスローガンではなく、「なぜこの会社で働くのか」「ここで働くことにどんな価値があるのか」に対する企業から従業員への約束です。
MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)やパーパスが企業の存在意義や方向性を示すのに対し、EVPはそれを従業員視点に翻訳し、報酬・成長機会・働く意義・文化などの要素として具体化します。現状分析や従業員の声、競合比較を踏まえて価値を定義し、それを採用・育成・評価に一貫して反映させることが重要です。
働きやすさから働きがいへ-人材開発を価値起点で再設計する
働きやすさ(制度・環境などの衛生要因)だけでは、人材開発の目的は達成できず、長期的な成長にもつながりません。重要なのは、EVPを基点に「なぜこの会社で働くのか」「ここで成長する意味は何か」という働きがいと結びつけ、人材開発全体を再設計することです。
評価・育成・配置・経験機会などをばらばらに行うのではなく、企業の経営戦略・EVP・従業員の具体的な行動に一貫性を持たせることで、形骸化しない人材開発の仕組みが生まれます。
人材開発の実行プロセスと体系設計

人材開発を構想だけで終わらせず、組織全体で継続的に機能させるには、経営戦略との接続と実行プロセスの体系化が欠かせません。ここでは、人材戦略の立案から育成体系の構築、評価・改善までの流れを整理します。
経営戦略と連動した人材戦略の立案
経営戦略と人材開発を結びつけるには、まず事業の方向性と将来必要となる人材像・人数・配置を明確にすることから始めます。次に、その人材を「いつ・どの段階で・どのような経験や学習によって育成するか」を育成ポートフォリオとして設計します。
さらに、人事部門だけでなく事業部とも共有し、採用・配置・評価・育成の各プロセスに一貫して反映させることで、人材開発が経営とズレずに機能し始めます。
現状分析から育成体系構築まで
現状分析から育成体系をつくるには、まず職種や役割ごとに求められるスキルや成果の基準を明確にし、現状とのギャップを可視化することから始めます。次に、どの人材にどの順序で経験や学習機会を提供するのかを整理し、研修・OJT・アサインメントを組み合わせた育成の流れとして設計します。
人事だけでなく現場の管理職や経営層ともすり合わせ、実行可能性と納得感を確保することが重要です。
予算策定と投資対効果の証明
人材開発の予算を確保し、継続的に投資していくためには、成果を可視化し、経営層に納得感を持って伝える必要があります。その際、研修の満足度だけでなく、行動変容・業務成果・離職率の変化など、定量・定性の両面から指標を設定します。
効果測定には、学習内容がどの程度理解され、行動や業績に結びついたかを段階的に評価するカークパトリックモデルなどが活用できます。結果は数値だけでなく、事業への貢献につながるストーリーとして示すことが重要です。
目的別・階層別の育成プログラム設計

人材開発を実効性あるものにするためには、全員に同じ研修を行うのではなく、階層や役割の違いに応じた育成設計が求められます。ここでは、新人から経営層まで、各段階で必要となる育成の目的と方法を確認しましょう。
新人・若手:早期戦力化とオンボーディング
新人育成では、ビジネスの基礎知識だけでなく、組織文化への適応や心理的な安心感を得られる環境づくりが重要です。例えば入社後3ヶ月は業務理解と人間関係の形成、6ヶ月では担当業務の自走、1年目では成果責任を持つステージへなど、支援内容を段階的に変えていきましょう。
定期フォロー面談、メンター制度、上司の振り返り支援などを組み合わせることで、早期離職の防止と活躍の定着につながります。
中堅・リーダー:タフアサインメントと越境体験
中堅・リーダー層には、専門性だけでなく、視座の拡大と意思決定経験が求められます。そのため、責任あるプロジェクトや新規事業などのタフアサインメントに加え、他部署・グループ会社・スタートアップなど、異なる環境で働く越境体験が有効です。
こうした挑戦的な機会を与える際は、任せっぱなしにせず、上司との振り返りやメンターによる支援を組み合わせることで、失敗も学びに変わります。選抜型研修やサクセッションプランと連動させることで、次世代リーダー育成の体系として機能します。
ミドル・シニア:キャリア自律と知見活用
ミドル・シニア層では、役職定年や立場の変化を迎える時期に、これまでの経験を組織の力として活かしながら、個人のキャリアを再定義する支援が求められます。
社内での専門性発揮や若手育成、社内講師・プロジェクト参画といった新たな役割づくりに加え、アルムナイ制度(退職者とのつながりを維持し、顧問や業務委託、再雇用といった形で協働を続ける仕組み)や社外経験者の再登用を含めた柔軟な選択肢も有効です。
個人の意向と会社の期待をすり合わせる対話の場を設けることで、知見が途切れず、主体的なキャリア形成にもつながります。
効果的な手法とツールの選択・活用

人材開発を持続的に機能させるためには、OJTや研修といった従来型の施策だけでなく、デジタルや外部資源も含めて手法を適切に選び、組み合わせていくことが重要です。ここからは、目的や階層に応じた育成手法の選択と活用のポイントを解説します。
OJT・Off-JT・自己啓発の統合設計
OJT・研修・自己啓発は個別に実施されることが多く、学びが断片化しやすい傾向があります。これを防ぐには、職場での経験学習(OJT)と集合研修(Off-JT)、さらに資格取得やeラーニングなどの自己学習を、役割やレベルごとに一つの育成プロセスとして設計することが重要です。
メンター制度、評価との連動、学習記録の可視化などを組み合わせることで、現場で学びが循環しやすい仕組みへと進化します。
デジタル×リアルのハイブリッド学習
オンライン研修や動画学習だけでは定着しづらく、対面の対話や体験と組み合わせることで効果が高まります。事前学習をデジタルで行い、職場での実践やワークショップ、1on1で振り返る「ハイブリッド型」の設計が有効です。
さらに、コーチングやメンタリングを通じて個人の課題を言語化し、学びを実務に結びつける支援が重要です。学習履歴やフィードバックを可視化することで、本人・上司・人事が成長プロセスを共有できます。
外部パートナーの選定と協働
外部の研修会社や大学、専門家、他社との連携は、自社だけでは提供できない知識・経験を補完する手段として有効です。しかし、単に研修をアウトソースするのではなく、事業課題や育成目的を共有し、プログラムの設計段階から協働することが重要です。
実施後は、効果検証や改善のプロセスも共に行うことで、自社側の企画力や教育ノウハウが蓄積されます。外部依存ではなく、社内の育成力を高める視点が欠かせません。
現場を変えた人材開発の実例
人材開発が机上の計画で終わらず、実際に現場を変えるためには、成功している企業の実例から学ぶことが有効です。ここでは、単なるイベントや研修に終わらず、行動や意識の変化につながった取り組みを紹介します。
01 パナソニックグループ様現場体験と対話から視点が変わった事例

02 フォルシア株式会社様体験と振り返りが組織の空気を変えた事例

まとめ
人材開発は研修や制度を整えること自体が目的ではなく、従業員の成長を通じて組織の成果につなげる「経営の要」です。サーベイ疲れ・施策疲れ・形骸化といった課題に直面している企業こそ、現場と経営をつなぐプロセス設計と、従業員一人ひとりの価値実感に基づいた人材開発が求められます。小さな成功体験や対話を積み重ね、組織の文化を確実に変えていきましょう。
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