「広告費をかけて新規顧客を獲得しても利益が残らない」「一度きりの購入で終わり、次の売上が読めない」といった悩みを、現場で抱えていないでしょうか。市場が成熟し、新規顧客の獲得だけでは利益が残りにくくなっています。
今求められているのは、顧客を「数字」として管理するだけでなく、顧客との関係性を深化させ、体験や共感を通じて長く選ばれ続ける仕組みです。本記事では、LTV(顧客生涯価値)の基礎・計算方法から、デジタル施策の限界を超える「体験×データ」の具体的な戦略まで、実務ですぐに役立つノウハウを解説します。

LTVとは?今こそ重要視される3つの理由と基本概念

まずは、LTVがなぜ今のマーケティングや経営で重要視されているのか、その背景を解説します。
LTVの基本とCACとの関係性を理解する
LTV(顧客生涯価値)は、1人の顧客が生涯を通じて企業にもたらす利益を示す指標です。これに対して、CAC(顧客獲得コスト)は新規顧客を獲得するためにかかった平均費用を指します。この2つの指標をセットで捉えると、ビジネスの収益構造が明確になります。
具体的には、LTVがCACを上回っているかを確認することで、現在のマーケティング投資が適正かどうかを判断しやすくなります。両者のバランスを正しく理解すれば、どの程度まで獲得コストをかけられるかという投資判断の精度も高まり、持続可能な利益成長を描く助けとなるでしょう。
なぜ今LTVが重要視されるのか
近年、Web広告費の高騰や市場の成熟により、以前のように新規顧客を次々獲得するだけでは利益を確保しにくくなりました。多くの企業が、既存顧客との関係を深めて長く選ばれ続けるLTV重視の戦略へと移行しているのはそのためです。
新規獲得の効率が頭打ちになる中で、一度接点を持った顧客に「選ばれ続ける」ことの価値は相対的に高まっています。顧客との絆を深め、長期的なLTVを最大化する戦略への転換は、企業が安定した収益基盤を築くための有効な手段となるのです。
サブスクリプション時代に変わるLTVの考え方
SaaSやD2Cなどサブスクリプション型ビジネスの普及により、「売って終わり」ではなく、継続利用こそが利益の源泉となるモデルが主流になってきました。こうした背景から、契約後の顧客体験の質が収益に大きく影響するようになり、LTVの捉え方も従来とは大きく変化しています。
そのため、いかに解約率(チャーンレート)を抑え、長く利用し続けてもらうかが、LTVを左右する重要な要因となります。顧客がサービスに価値を感じ続けられるようサポート体制を整えることが、結果として長期的な利益の積み上げにつながります。
ビジネスモデル別に見るLTVの計算方法とシミュレーション

ここでは、ビジネスの種類によって異なるLTVの計算方法をわかりやすく解説します。自社に合った算出方法を選べることが目的です。
EC・通販型の基本的なLTV計算(単価×頻度×継続期間)
BtoCの売り切り型ビジネスにおいて、基本となる計算式は「LTV=平均購入単価 × 購買回数 × 継続年数」です。例えば、1回5,000円の商品を年4回購入し、それを3年間継続してくれる顧客の場合、LTVは5,000円 × 年4回 × 3年=60,000円となります。
この式を用いることで、単価アップを狙うべきか、購入頻度を上げるべきかといった施策の優先順位が明確になります。
BtoB・SaaS型のLTV計算(ARPU÷解約率)
法人向けの月額課金サービス(SaaS)や保守契約ビジネスでは「LTV=月間平均売上(ARPU) ÷ 解約率」で計算するのが一般的です。例えば月額5万円のサービスで、月次の解約率が1%だとすると、1社あたりのLTVはARPU 50,000円 ÷ 解約率1%=5,000,000円と試算できます。
特にBtoBは単価が高く契約期間も長いため、わずか数パーセントの解約率改善が、LTVに数百万単位のインパクトを与えることがわかります。
より正確に測るなら「粗利ベースのLTV」で考える
売上高ベースのLTVは分かりやすい反面、コストが見えなくなることがあります。特にBtoBや高額商材の場合、実態に近い収益性を把握するには、利益(粗利)を基準にすることを推奨します。そうすると、手元に残る真の利益、すなわち事業の健全性が見えやすくなります。
「LTV/CAC比率」や業界別の基準値と照らし合わせ、ユニットエコノミクス(顧客1人あたりの採算性)が健全な水準(一般的に3倍以上)にあるかを確認すれば、投資対効果の判断に役立ちます。
LTV向上の全体ロードマップ|3フェーズ・7ステップで実装する方法

LTV向上は単発施策の寄せ集めではなく、分析 → 試行 → 展開・定着というプロセスを踏んで設計することで、初めて成果につながります。ここでは、LTVの構成要素(単価・頻度・継続期間など)を改善するプロセスを3つのフェーズ、7つのステップに分解して解説します。
Phase1「分析と基盤づくり」(STEP1~3)
まずは施策を打つ前の準備を進めます。現状の数字を把握し、顧客理解を深め、データを扱える環境を整えましょう。
ステップ1 現状のLTV可視化
まずは、マーケティング担当者や経営企画部門が主導し、現状の数値を正しく把握することから始めます。具体的には、顧客セグメントごとのLTV、解約率、収益構造を算出します。
この際、単に全体平均を見るのではなく、購買データや顧客データベースを活用して「初回購入商品別」や「流入経路別」などで数値を比較・分析することが重要です。データを細かく分解することで、どこに一番の課題があり、どこに伸びしろが隠れているのかを特定できます。
ステップ2 ペルソナ×カスタマージャーニーの設計
次に、マーケティング、営業、CS(カスタマーサクセス)などの関連部門が連携し、顧客理解を深めます。顧客が商品を知ってからファンになるまでの行動、感情の動き、離脱しやすいポイントを可視化し、ペルソナやカスタマージャーニーとして整理しましょう。
実際の顧客へのインタビューやアンケート結果を基に設計し、部署横断型のワークショップ形式ですり合わせを行うと、社内の認識が統一されやすく効果的です。
ステップ3 データ・人・体制の基盤の整備
施策を実行・検証するための土台作りは、DX推進担当や情報システム部門が中心となって進めます。顧客情報を一元管理する「CRM」や自動配信を行う「MA」、オンラインとリアルのデータを統合する「CDP」といったツールの導入を検討し、データを継続的に活用できる環境を構築しましょう。
あわせて、誰がどのデータを管理するかという運用ルールを定めておくことも、施策をスムーズに回すためには重要です。
Phase2「パイロット施策と検証」(STEP4~5)
基盤が整ったら、全社展開する前に、仮説を持って小さくテストを行います。
ステップ4 LTVに最も影響する仮説の選定と小規模テスト
施策実行の担当者は、「単価・頻度・解約率」の中で最も改善効果が高そうな要素を特定し、そこに対して小規模なテスト施策を行います。
例えば「特定の商品を購入した人」や「解約しそうな兆候がある人」などに対象を絞り、メール配信や特別オファーの提示を実施してみましょう。対象を限定することで、失敗時のリスクを最小限に抑えながら、反応を探ることができます。
ステップ5 データ取得と効果測定の仕組み化
実施したテストの結果は、データアナリストや運用担当者がフラットに評価します。LTVや解約率に加え、NPS(推奨度)などのKPIを設定し、施策前後で数値がどう変化したかを測定しましょう。
感覚ではなく数字に基づいて「効果あり」と判断された施策だけを選別し、次のフェーズへと進めれば、無駄なコストを削減することにもつながります。
Phase3「本格展開とロイヤル化」(STEP6~7)
テストで勝ち筋が見えたら、それを組織全体の力に変え、最終的には顧客との「絆」づくりへと昇華させます。
ステップ6 成功施策の全社展開とスケール化
事業責任者や現場マネージャーは、STEP4~5で効果のあった施策を横展開し、仕組みとして定着させます。マニュアル化や研修を通じて成功ノウハウを共有し、担当者が変わっても同じ品質で施策が継続される状態(脱・属人化)を目指しましょう。
ステップ7 感情的ロイヤルティの醸成とファン育成施策
最終段階では、ブランディング担当やコミュニティマネージャーが中心となり、経営戦略の一環として、「便利だから使う」を超えた「この企業が好き」という感情的な結びつきを育てます。ファンミーティングのようなリアルイベントや共創ワークショップ、コミュニティ運営などを通じて、顧客が主役になれる特別な「体験」を提供しましょう。
こうした取り組みが、長期的に選ばれ続ける強固なファンベースの確立につながります。
【基本編】今すぐ実践できる標準的LTV向上施策10選

ここからは、多くの企業が取り組んでいる標準的なLTV施策を紹介します。単価アップ、頻度向上、解約防止といった目的別に整理していますので、自社の課題に合わせて取り入れやすいものから検討してみましょう。
顧客単価を上げる3つの王道施策
顧客単価を上げるのは、LTVを向上させるもっとも基本的な施策です。ここでは基本的な3つの施策を紹介します。
アップセル戦略
既存の購入商品より高価格なプランやオプションを提案し、単価を引き上げる手法です。単に高いものをすすめるのではなく、その付加価値を丁寧に伝えて納得感を醸成することで、無理なく顧客単価の引き上げを図ります。
クロスセル戦略
購入商品と相性のよい商品を合わせて提案し、1人あたりの購買点数を増やす手法です。「ご一緒にいかがですか」という自然なアプローチで、顧客の利便性や満足度を高めながら、トータルの売上向上を狙います。
松竹梅プラン設計
価格の選択肢を3段階にすることで、心理的に真ん中の「竹」や上位の「松」を選びやすくする手法です。選択肢を持たせることで「売り込まれた」という感覚を減らし、顧客自身が納得して上位プランを選べるよう誘導します。
購買頻度とリピート率を高める施策
LTVを向上するには、次のような方法で購買頻度やリピート率を高めるのも効果的です。
CRM/MAによるステップメール自動化
購入や資料請求など、顧客のアクションを起点に、あらかじめ設定したタイミングでメールを自動で送り次の購入につなげる仕組みです。お礼や使い方のフォロー、次回クーポンの送付などを自動化することで、機会損失を防ぎつつ再購入を促します。
ポイントプログラム・会員ランク制度の設計
購入金額や来店回数に応じたポイントを付与したり、会員ランクをアップさせたりする制度です。「あと少しでランクが上がる」「ポイントが貯まる」という心理が働き、他社への流出を防ぎながら、継続的なリピート利用を促します。
パーソナライズドコミュニケーションの導入
全員に同じ情報を送るのではなく、顧客の属性や購入履歴に応じた内容で情報提供や提案を行う手法です。「自分に関係がある」と感じてもらうことで開封率や反応率を高め、スムーズな再購入につなげます。
継続期間延長と解約防止の施策
顧客単価が低くても、長く継続してもらえれば、LTVは高くなります。解約を防ぎ、継続期間を延ばす施策を紹介します。
カスタマーサクセス部門による能動的支援
顧客からの問い合わせを待つのではなく、企業側から能動的に関わり、課題解決を支援する取り組みです。利用状況をモニタリングし、つまずきそうな箇所を先回りしてフォローすることで、解約リスクを最小限に抑えます。
オンボーディング(導入支援)プログラムの強化
サービス導入直後の「使い方がわからない」という壁を取り払うため、手厚い初期サポートを提供する施策です。早期にサービスの価値を実感してもらうことで定着率を高め、最も解約が起きやすい初期段階での離脱を未然に防ぎます。
顧客コミュニティ運営によるエンゲージメント向上
ユーザー同士が情報交換や交流を行える場を提供し、サービスへの帰属意識を高める施策です。疑問の自己解決が進むだけでなく、横のつながりが生まれることで、「使い続けたい」というポジティブな感情(エンゲージメント)が育まれます。
ターゲティング精度向上によるCAC最適化
顧客データをもとに、購入確度や継続意向の高い層に絞って広告を配信する手法です。狙いを明確にすることで広告の無駄打ちが減り、顧客獲得単価(CAC)の最適化が進みます。結果として、獲得した顧客の価値も高まり、LTV向上にも寄与します。
【上級編】デジタル施策の限界を超える体験型LTV戦略

データ活用やCRM施策を徹底しても、LTVが頭打ちになる企業は少なくありません。ここでは、数字では動かせない「感情」を起点とした体験型アプローチにより、真のファンを育てる方法を紹介します。
なぜデジタル施策だけではLTVが伸びなくなるのか
デジタルマーケティングが進歩し、データ最適化が進むほど、顧客は「数値の集合体」として扱われやすくなりがちです。これでは効率はよくても、企業との間に心理的な距離が生まれ、冷めた関係になってしまいます。
「便利だから使う」という理由だけでつながっている関係は、競合がより良い条件を出せばすぐに乗り換えられてしまいます。愛着や共感といった「熱量」が生まれにくいことが、デジタル施策のみに頼った場合の課題です。
体験が生む感情的価値とファン化のメカニズム
人の心を動かすには、リアルな体験が持つ力が有効です。例えば、一般では予約困難なレストランでの会食や、特別な旅行の手配、限定イベントへの招待といった「非日常体験」は、単なる商品購入では得られない鮮烈な記憶を残します。
こうした特別な体験(特別感)を提供された顧客は、企業に対して深い信頼と愛着を持つようになり、ファン化が進みます。「自分を大切にしてくれるブランドだから応援したい」という感情こそが、長期的な関係構築の強力な基盤となります。
デジタルとリアルを組み合わせたLTV向上の循環モデル
LTVを最大化するには、デジタルとリアルを融合させた循環モデルがおすすめです。
まずCRMデータを活用してロイヤルカスタマーを選定します。そのうえで、例えばJTBの「ライフスタイルコンシェルジュ」のようなサービスを活用し、個々の嗜好に合わせたレストラン予約や旅行アレンジなど、きめ細やかなリアル体験を提供します。
そこで得られた感動や反応を再びデジタルデータとして蓄積し、次の提案に活かす──この「デジタルで効率化し、リアルで熱量を高める」サイクルを回すことが、LTV向上のポイントです。
ブランド体験による「関係の深化」でLTVを向上させた成功事例

ここでは、JTBが企業とともに取り組んだLTV向上施策の中から、特に成果につながった3つの事例を紹介します。いずれも移動・旅・特別体験というJTBならではの強みを活かし、顧客との距離を縮め、ロイヤルティを高めた取り組みです。
01 サントリー株式会社 様移動そのものを「ブランド体験」に変え、熱心なファン層の愛着を深めた事例

02 東京ヤクルトスワローズ 様コアファンの一体感を醸成し、応援行動の継続につなげる場づくりをした事例

03 富士フイルムイメージングシステムズ株式会社 様特別な撮影体験がブランド理解を深め、継続購入につながった事例

LTV施策で陥りやすい失敗とその対策

LTV向上の取り組みは長期戦になるため、途中で目的を見失ったり、形骸化したりするケースも少なくありません。ここでは、多くの企業支援の現場で見られる「よくある失敗パターン」と、それを防ぐためのポイントを紹介します。
施策が単発で終わり、継続運用されない
キャンペーンやイベントを実施しても仕組み化されず、効果が一度きりで終わってしまうことは少なくありません。これではLTV向上に必要な「継続的な関係性」を築くことは困難です。
施策を行う際は、最初から「どうやって継続運用するか」まで設計に入れておくことが大切です。単発の成果に満足せず、次のアクションへの導線をあらかじめ用意しておくと、長期的な効果につながりやすくなります。
データ施策と顧客体験が連動していない
CRMやMAのデータはあるのに、実際の接客・イベント・現場体験に活かされないケースも多く見られます。データと現場が分断されていると、顧客の感情を動かすようなアプローチはできません。
データはあくまで手段であり、それをどう「顧客への気遣い」や「驚き」に変換するかが重要です。デジタル部隊と現場スタッフが連携し、データを活用して目の前の顧客を喜ばせる体制を作ると、体験価値がぐっと高まります。
KPIが曖昧で、成功か失敗か判断できない
数値基準がないままでは、効果の薄い施策をズルズルと続けてしまったり、逆に効果が出ているのに気づかず打ち切ってしまったりと、改善の方向性が見えないまま、施策だけが惰性で続いてしまいます。
LTV・解約率・NPSなどの評価指標(KPI)を明確に定め、施策が成功したのか失敗したのか客観的に判断できる体制を整えておきましょう。
「作業化」して目的を見失う
運用を続けるうちに、いつの間にかレポート作成やメール配信などの作業が目的化してしまうケースも少なくありません。
本来の目的はあくまで「顧客の価値を高めること」や「関係性を深めること」にあるはずです。「手段」が「目的」にすり替わっていないか、定期的にチーム内で問い直す姿勢を維持しましょう。
短期成果を求めすぎて長期戦略が続かない
LTV向上やファン化といった施策は、信頼関係を築くための時間が必要です。しかし、3ヶ月以内の短期的な売上成果だけを求めてしまい、結果が出る前に施策を停止してしまうケースが多く見られます。
コミュニティ運営やCX改善などは、じっくりと腰を据えて取り組むべき投資であることを、組織全体で理解しておくことが重要です。
まとめ

LTVの向上は、一朝一夕で成し遂げられるものではありません。しかし、ビジネスモデルに合った正しい計算式で現状を把握し、デジタルとリアルを組み合わせた「体験」を提供し続けることで、顧客は強力なファンへと変わっていきます。
まずは、自社の顧客データを整理し、小さな施策からテストしてみることから始めてみてはいかがでしょうか。顧客一人ひとりの感情に寄り添う戦略が、貴社の持続的な成長を支える大きな力になるはずです。
JTBでは、本記事でご紹介した「デジタル×リアル」を融合させたLTV向上施策を、具体的なソリューションとして提供しています。「自社だけで運用するのはリソースが足りない」「何から手をつければいいか相談したい」といったお悩みがあれば、ぜひお気軽にお問い合わせください。
