特定の担当者しか業務の流れを把握していない、引き継ぎが形だけになっている、個人のスキルに依存し業務がブラックボックス化している——。こんな問題で困っていませんか?多くの企業が抱えるこの属人化問題は、事業停止リスクや成長機会の損失など、経営に深刻な影響を及ぼします。
しかし、属人化は、適切なアプローチを取れば解消できる問題です。
本記事では、属人化が起こる根本原因から経営リスク、そして実践的な解消法まで体系的に解説します。さらに、属人化を解消した成功事例や、失敗する組織の共通点も詳しく紹介します。
記事の最後では参考情報として、属人化解消に欠かせない、業務の可視化に役立つダウンロード資料も紹介しますので、ぜひ併せてご活用ください。

そもそも「属人化」とは?定義と見分け方を解説

属人化の本質を理解しなければ、正しい対策は打てません。ここでは、属人化の定義とスペシャリストとの違い、見極め方を解説します。
属人化の定義:業務が「人」に紐づいている状態
属人化とは、特定の業務の進め方や進捗、関連知識が特定の担当者のみに帰属し、他の誰もその業務を遂行・代替できない状態を指します。業務プロセスが完全に個人の経験や勘に依存し、組織としての管理が及ばない「ブラックボックス化」した状態とも言えます。
この状態では、担当者の不在時に業務が停滞し、納期遅延や顧客対応の停滞など、実務上のトラブルにつながりかねません。特に中小企業では、限られた人材で業務を回すため属人化が起こりやすく、事業継続性の観点から早急な対策が必要です。
属人化とスペシャリストの本質的な違い
属人化とスペシャリストは一見似ていますが、本質的に異なります。スペシャリストは知識を積極的に共有し、後進育成に努め、マニュアル化や標準化に協力的です。一方、属人化した担当者は知識を囲い込み、情報共有を避ける傾向があります。
スペシャリストは組織の資産となりますが、属人化は組織のリスクです。この違いを理解し、専門性は高めながらも知識の共有・継承ができる体制を構築することが、持続可能な組織をつくるうえで不可欠です。
自社の属人化レベル診断チェックリスト
以下の10項目にいくつ当てはまるか確認してください。該当する項目が多いほど、属人化リスクが高い状態です。
自社の属人化レベルを診断する10のチェック項目
- 特定の担当者が休むと業務が停滞する
- マニュアルが存在しない、または更新されていない
- 新人への引き継ぎに1ヶ月以上かかる
- 業務内容を説明できる人が1人しかいない
- 顧客から特定の担当者を指名される
- 残業が特定の人に偏っている
- システムの仕様を知る人が限られる
- 承認権限が集中している
- ノウハウが文書化されていない
- 定期的な業務ローテーションがない
5項目以上該当する場合は一般的に要注意といわれています。
なぜ属人化が起こるのか?根本原因

属人化は特定の個人の問題ではなく、組織構造や文化に根差した複合的要因によって引き起こされます。自社の状況を改善するためには、これらの根本原因を正確に特定することが重要です。
組織・仕組みの問題(情報共有の文化がない、評価制度の不備)
慢性的な人手不足により、目の前の業務をこなすことで精一杯となり、知識共有の時間が取れないのが問題の一つです。また、個人成果主義の評価制度では、知識を共有するインセンティブが働かないのも問題です。情報共有を推奨しない組織文化も属人化の温床となります。
特に長年同じプロセスを続けている組織では、「今までこうやってきた」という慣性が強く、変革への抵抗感から属人化が構造的に固定化されています。組織全体で情報共有の価値を認識し、制度として組み込むことが解決の第一歩です。
担当者個人の問題(意図的な囲い込みと多忙による悪循環)
属人化には二つのパターンがあります。
一つは自己保身のための意図的な情報の囲い込みです。「自分にしかできない仕事」を作ることで、組織内での存在価値を高めようとします。もう一つは、多忙による情報共有の時間不足です。日々の業務に追われ、マニュアル作成や後進育成の時間が取れません。
特に後者は「非効率な属人化→多忙→改善時間の不足→さらなる属人化」という悪循環を生みます。どちらも現場の努力だけでは根本的な解決は望めません。
業務特性の問題(専門性の高さによる「代替不可能」という思い込み)
医療、法律など高度な専門性が求められる業務は属人化しやすい傾向があります。また、長年の改善で複雑化した業務プロセスや、レガシーシステムの運用も同様です。
しかし「専門的だから仕方ない」という諦めは危険です。どんなに専門的な業務でも、基本的な手順は標準化でき、判断基準は明文化できます。重要なのは、業務を「誰でもできる部分」と「専門知識が必要な部分」に分解し、段階的に標準化を進めることです。
属人化がもたらす経営リスク

属人化は非効率なだけでなく、企業の存続や信頼性を揺るがす重大なリスクにつながります。ここでは、短期・中長期それぞれのリスクを確認しましょう。
即時のリスク:担当者の退職・休職による事業停止
キーパーソンが突然退職したり、長期間休むことになったりすると、業務が止まってしまう恐れがあります。これは最も直接的で深刻なリスクです。特に顧客対応や納期が厳しい重要業務において、担当者不在による影響は計り知れません。実際に、ベテラン社員の突然の退職により、重要顧客との取引が危機に陥った事例も多く見られます。
また、災害や感染症による同時多発的な欠勤リスクも考慮する必要があります。BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の観点から、各業務に最低2名の担当者を配置することが望ましいです。
中長期リスク:ノウハウ喪失による組織力低下
文書化されていない知識やノウハウは、担当者が退職すると一緒に失われてしまいます。長年蓄積されたノウハウや顧客との関係性、業務改善の経緯などが失われると、組織の競争力が大きく低下します。
さらに業務のブラックボックス化はデジタル化やDX推進の最大の障壁となります。システム化しようにも現状の業務フローが不明確では、適切な要件定義ができません。結果として、競合他社に遅れを取り、市場での優位性を失うリスクが高まります。
ガバナンスリスク:品質のばらつきと不正の温床化
属人化により第三者によるチェックが機能しない状態は、品質管理の欠如とコンプライアンス違反のリスクを高めます。担当者の独断による判断ミスや、手順の省略による品質低下が発見されにくくなります。
最悪の場合、不正行為の温床となり、企業の信頼性や評判を大きく損なう可能性があります。内部統制の観点からも、業務の透明性確保と相互チェック体制の構築が急務です。
機会損失リスク:未来への投資時間が奪われる本当のコスト
属人化の最も深刻なダメージは、非効率な現状維持に全リソースが費やされ、戦略的活動に時間を割けないことです。新規事業開発、人材育成、イノベーション創出など、本来注力すべき活動への投資が後回しになります。
これは「目に見えない機会損失」として、じわじわと組織の競争力を奪います。属人化した業務に優秀な人材が拘束され、その能力を十分に発揮できない状態は、組織にとって最大の損失です。早期の属人化解消こそが、持続的成長への第一歩となるのです。
属人化解消の実践5ステップ

属人化は感覚的な努力ではなく、体系的なプロセスで解消することが重要です。ここからは、どの企業でも実践できる5つの具体的ステップを紹介します。
STEP01業務の棚卸しと優先順位付け(リスクマトリクス分析)
解決の第一歩は現状の正確な把握です。その際、業務の重要度と代替可能性を整理して可視化する「リスクマトリクス分析」を行うのが効果的です。具体的には、「誰が」「何を」「どのように」行っているかを徹底的に洗い出し、重要度(売上への影響、顧客満足度への影響)を縦軸、代替可能性(必要スキル、習得期間)を横軸に置いて業務を分類します。その上で、右上にある「重要度が高く、代替困難な業務」から優先的に対策を打ちます。
これにより限られたリソースをより重要な業務に集中投下でき、効率的な属人化解消が可能になります。全業務を一度に改革するのではなく、段階的アプローチが成功への近道です。
STEP02マニュアル作成とドキュメント整備(暗黙知を形式知に変える)
業務内容を第三者でも理解できるマニュアルに落とし込みます。文字だけでなく、フローチャート、図解、動画などを活用し、専門用語には必ず解説をつけ、新人でも理解できるレベルまで噛み砕きましょう。
重要なのは完璧を求めないことです。まずは骨子を作成し、実際に使いながら継続的に改善していく姿勢が大切です。マニュアルは生きた文書として、定期的な更新ルールも併せて定めることで、常に最新の状態を保ちます。
STEP03業務フローの簡素化・標準化(誰でも同じ品質を実現)
マニュアル化の過程で、無駄な手順、重複作業が必ずといってよいほど発見されます。これらを徹底的に排除し、業務フローをシンプルに再設計します。例えば、不必要な承認プロセス削減、重複入力の統合、判断基準の明確化などを行いましょう。
目的は「その人でなければできない」から「ルールに従えば誰でも一定品質でできる」状態への転換です。標準化により、業務品質の均一化、教育期間の短縮、ミスの削減が実現します。また、標準化された業務はシステム化しやすく、更なる効率化への道が開けます。
STEP04ITツール・システムの導入(ナレッジ共有と自動化)
標準化された業務フローをITツールで効率化・定着させます。ナレッジ共有ツールで情報を一元管理し、ワークフローシステムで承認プロセスを自動化。さらにRPA(Robotic Process Automation:定型作業を自動処理する仕組み)等の導入により単純作業を削減することで、従業員がより付加価値の高い業務に集中できる環境を作ります。
ただし、ツール導入は手段であり目的ではありません。まず業務を標準化し、その上でツールを活用することが重要です。導入後は定期的な効果測定を行い、PDCAサイクルを回すことで継続的な改善を図ります。
STEP05評価制度の見直しと文化醸成(共有する人が報われる仕組み)
個人成果だけでなく、知識共有や後進育成、チーム貢献を正しく評価する制度へ転換します。マニュアル作成者への特別手当、メンター制度の導入、情報共有に積極的な人材を人事評価に反映するなど、具体的な仕組みを構築しましょう。
属人化解消を組織に深く根付かせるには、「知識を共有する人が評価される」文化を醸成することが大切です。
戦略的な属人化管理

属人化はすべてを排除すればよいわけではなく、メリットとリスクを見極めた上で「管理する」ことが重要です。ここでは「残すべき属人化」と「解消すべき属人化」の線引きと、その管理方法を解説します。
残すべき属人化と解消すべき属人化の判断基準
全ての属人化をなくす必要はありません。クリエイティブ業務や高度な専門判断が必要な業務では、ある程度の属人化が価値を生みます。重要なのは「戦略的に管理された属人化」と「放置された属人化」の違いを意識して区別することです。
具体的には、顧客対応や基幹業務など、事業継続に直結する重要業務では確実にリスク管理を行い、バックアップ体制を整備します。一方、付加価値の高い専門業務では、個人の強みを活かしながら、定期的な知識共有セッションで組織知化を進めるとよいでしょう。
リスク管理の具体策
属人化リスクを最小化する対策には、以下のようなものがあります。
- バックアップ担当者の育成(例:各業務に最低2名配置、定期的なクロストレーニング実施)
- ジョブローテーション(例:2~3年サイクルで計画的に実施、引き継ぎ期間は最低1ヶ月確保)
- 知識の文書化義務(例:マニュアルの定期更新ルール化、ナレッジ共有会の定期開催)
- 権限の分散化(例:承認権限の段階的委譲、意思決定プロセスの明確化)
また、定型化しやすい業務については、専門会社へのアウトソーシングによって標準化・可視化を進める方法も有効です。「人に依存する業務」から「仕組みで回る業務」へと変え、経営の安定性を高めていきましょう。
属人化を解消した企業の成功事例

ここでは、実際に属人化解消に成功した事例を紹介します。
外資系製薬メーカーX社 様担当者に偏っていたタクシーチケット管理を一元化で改善
年間約40,000枚のタクシーチケットを扱う外資系製薬メーカーX社では、配布・利用データの紐づけ・精算といった業務が煩雑化し、特定社員に依存する属人化が大きな課題でした。異動・退職時の引継ぎ負担も大きく、業務停滞やミスのリスクが常につきまとっていました。
そこで、JTBによるアウトソーシングを導入。タクシーチケットの発行・回収・データ管理・精算までを一括で担うことで、ノウハウが個人に閉じず、組織全体で再現可能な業務フローへと変化しました。経理・営業部門の作業時間が削減され、コンプライアンス対応も標準化した結果、「属人化からの脱却」と「コア業務への集中」が実現しました。
オーエスジー株式会社 様手作業に依存した経費精算をデジタル化で再構築
海外出張の申請・精算を紙ベースで行っていた同社では、記入漏れのチェックや確認作業に時間がかかり、人事異動のたびに発生するマスタ更新も手作業で担当者に集中していました。業務量の増加に対して運用が追いつかず、作業負荷とミスリスクが高まっていたことが課題でした。
JTBの「ビズバンスJTB経費精算」を導入したことで、申請から精算までがデジタル化され、紙の確認作業や記入漏れチェックが大幅に軽減。マスタ更新も仕組みの中で標準化され、担当者に偏らない運用へ移行した結果、業務負荷の平準化と精度向上が進み、安定した経費精算体制が整いました。
公益社団法人 日本小児科学会 様紙運用と専門性に偏った更新審査を体系化で安定運用へ
旧委託先では資格更新審査を紙ベースで処理しており、データがデジタル化されていないため作業量が膨大でした。また、医療知識を伴う専門性の高い業務であるため担当できる人材が限られ、委託先の廃業時には継続が危ぶまれるほど運用が固定化していました。
JTBが引き継いだ後は、書類受付からデータ整理、不備照会までの流れを整理し、業務手順を段階的に整備。担当者が変わっても運用できる仕組みを構築し、業務の見通しが大きく改善しました。紙中心で見えにくかった作業も可視化され、今後のWeb化に向けた基盤づくりも進み、安定した事務局運営が可能になりました。
まとめ

属人化解消は単なるリスク管理ではなく、組織の未来を創る投資です。非効率な現状維持に費やされているリソースを解放し、新たな価値創造へ振り向けることで、組織の競争力が飛躍的に向上します。本記事で紹介した5つのステップを着実に実行することで、成果は現れます。
属人化を解消し、業務を「仕組みで回る状態」へ整えていくには、まず現状を客観的に「見える化」することが欠かせません。JTBでは、業務の棚卸しから課題の整理・改善提案までをまとめた資料をご用意していますので、次の一歩に役立てたい方は、ぜひ以下よりダウンロードしてみてください。
